うんち漏らしすぎてモラエスになっちゃった😧 (1)

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1 野に咲く名無し@転載禁止 (8057c86a) 2024/01/10 (水) 20:23:43.509 ID:6eS9Ghbcf

ヴェンセスラウ・デ・モラエス (ヴェンセスラウ・ジュゼ・デ・ソウザ・デ・モライシュ)(Wenceslau José de Sousa de Morais, 1854年5月30日 - 1929年7月1日)は、ポルトガルの軍人、外交官、文筆家

著書に『おヨネとコハル』『日本精神』『ポルトガルの友へ』『徳島日記』がある。ポルトガル語で著述したこともあり、生前には日本ではほとんど注目されることがなかったが、モラエス没後に日本語訳がなされた。昭和初期の時代の風潮もあり、日本賛美として取り上げられるようになった。

モラエスは1854年、ポルトガルの首都リスボンで生まれた。海軍学校を卒業後、ポルトガル海軍士官として奉職した。1889年に初来日。ポルトガル領だったマカオの港務局副司令を経て、外交官となる。マカオ時代に、現地女性の亜珍と結婚し、2人の子をもうけた[1]。

1899年に日本に初めてポルトガル領事館が開設されると在神戸副領事として赴任。後に総領事となり、1913年まで勤めた。

モラエスは1902年から1913年までポルト市の著名な新聞『コメルシオ・ド・ポルト』(ポルト商業新聞)に当時の日本の政治外交から文芸まで細かく紹介しており、それらを集録した書籍『Cartas do Japão(日本通信)』全6冊が刊行された。

モラエスは神戸在勤中に芸者のおヨネ(本名は福本ヨネ)と出会い、ともに暮らすようになる。しかし1912年にヨネが死没すると、モラエスも翌1913年に職を辞任して引退し、ヨネの故郷である徳島市に移住した。さらにヨネの姪である斎藤コハルと暮らすが、コハルにも先立たれてしまう。モラエスの徳島での生活は必ずしも楽ではなかった。身長180cm以上と当時の日本人に比べて長身で、長い髭を延ばした風貌だったこともあり、「とーじんさん」と呼ばれて珍しがられ、ドイツのスパイと疑われたり[2][3]、「西洋乞食」と蔑まれたりすることもあったという。モラエスは1929年、徳島市で孤独の内に没した。