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唐澤貴洋は本当は弁護士でなく何になりたかったのか。

16 レス · dat原文

2000年に綜合政策大学二年 ↓ 2002年におそらく修了 ↓ 2004年まで謎の2年間 ↓ 2004年に法科大学院に ↓ 2006年、司法制度改革 ↓ 2010年、臥薪嘗胆の日々を経て、合格 弁護士の過剰供給問題、質の問題を発生させた、無能制度、司法制度改革がさらに生み出したモンスター、唐澤貴洋。 彼は大学法学部を修了していないものの、法科大学院を経てから合格したわけだが、彼はそもそも大学生の頃何になりたかったのか気になる。 彼の言葉を借りると、「最終的に出会ったのが法律だった」 この言葉通り、最終的に、つまりホームページで弁護士がどうあるべきか云々垂れ流しているが、あくまで惰性の結果出会ったのが法律なのである。 洋の闇の情報網がないと仮定すると、1999年から司法制度の改革の審議会が設置されていて、貴洋が大学に入学したのが1998年。入学時には特に弁護士になることを考えていなかったであろう。 そして、規制緩和が前向きに進んでからは、親のすねかじり、彼の独壇場である。 彼は最終的に、惰性で、確かに法律に出会ってしまった。 しかし、彼は本当に何になりたかったのか、どうありたかったのか、それを本人から聞いてみたい。
世界に4人しかいない刺身に緑色のアレを乗せる職人
新司法制度ってそもそもはそれこそネットに強い、みたいな法律以外の分野にも強みを持った弁護士を育てようって話なんだよね ここで言うネットで強いってのはそれこそネットでのビジネス経験があったり専門的なIT技術・知識が求められるわけだけど
政治家やろ
謎の2年間はたぶん公認会計士の勉強してたんだと思う 公認会計士は監査機関に就職して実務経験を積まないとなれないから 就職できなくて諦めたんちゃうか
文集やらを見るに最終的に政治家になる願望はあったと思うわ
マスコミ志望だったけど大手しか受けず就活で全落ち
プライドさえ満たせて見下すことが出来ればどんな職でもよかったんやろ 小さい頃は政治家くらいしかそういう職を知らんかっただけで
無能弁護士誕生
教祖
弁護士なら新米でも上から目線になれるからな 幼少から今現在までイジメられてた唐澤が辿り着いた答え
多分政治家になりたかった 謎の2年間は支援してくれる政党を探していたがどの政党にも駄目ですと言われ諦めた
映画監督になりたかったのは明白
映画とかアイドルとか見るに芸能関係やないん?
本当にコネってあったんやなぁ…と思うわ 正直そこは羨ましい
時代が時代やったら貴族やもんな