(せっかくいたずらの宗教を語るところなのにこれがないって)いかんでしょ
倫理学習スレinニヒケー
35 レス · dat原文
倫政経って文系国公立だとあんまりないイメージがある
なので理系の御用達科目となっている現状は否めない
>>2
真の理系御用達は地理やぞ
理系の公民科目は現代社会選ぶ人も多いのかな?
>>2
政経は多いんじゃないでしょうか
多少世界史と被る部分もありますし
倫理って哲学とかそんな感じでしょうか?
西田哲学とはどのようなものなのでふか?
>>5
高校倫理では倫理=哲学って思いガチなのですが大学では倫理と哲学は全然別物だと思わざるを得ません
>>6
西田哲学は海外の「善の思想」と日本の「禅の思想」を融合して「絶対矛盾の自己同一性」を確立した形而上学の一種です
プラグマティズム哲学者のウィリアム・ジェームズ氏の唱えた「純粋経験」の思想を絶対無(≒虚無)としてこの世の中の対立や矛盾を深掘りしていきました
>>4
センター・共通テストの点数から見ても文系理系問わず倫理を選ぶ層は一定数いるかと思います(点数が取りやすいので)
旧帝大志望の人は大多数地理か倫理・政治・経済です
なぜニーチェの思想はナチズムに利用されたのでふか?
ニーチェ個人の思想よりもドイツロマン主義という枠組みで捉えた方がわかりやすいと思います
資本主義への反動として生まれたのがロマン主義と社会主義なので、二つには共通する要素があり、融合されることも多いのです
なぜソシュールのシニフィエの概念が構造主義に用いられたのでふか?
ソシュールの構造言語学(人間と言語との相互関係を研究するという思想)にレヴィ・ストロース(構造主義の生みの親)が強く影響を受けたからでふ
構造言語学の中に「シニフィエ」(言葉=意味)と「シニフィアン」(言葉=音声)が結びついて言語としての言葉が誕生したという思想を人間社会に応用したのでふ
レヴィ・ストロースは意識的な領域(パロル)から無意識の領域(ラング)へという表現を用いていまふ
なぜマックス・ヴェーバーのプロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神は社会学の古典と言われ今でも多くの人に読まれているのでふか?
マックスウェーバーは資本主義が発達した国はどのような国かと問うたとき、プロテスタントを信仰している国が多いことに気づきまひた
それは、カルヴァン派閥の予定説(神に救われている人は無意識にも規則正しい生活を送っている)や勤労としての営利活動の容認が資本主義の発展に一役買っているという言説でひた
彼は更に資本主義の中枢を担う「支配」に目を向け、官僚制を確立しまひた
カリスマ的支配・伝統的支配・合理的支配の3つの支配が安定な国の運営に不可欠だと主張しまひた
このように、彼は資本主義の歴史的背景から最終的に国家の運営に関してどのように活用するかまで、資本主義確立の土台を作ったと言っても過言ではありません
資本主義含む社会学を語るなら、彼なしでは語れません
社会学を学ぶ人は必ずマックス・ウェーバーの思想に触れることになるのでふ
ポストモダンはソーカル事件で致命的なダメージを受けたのでふか
アラン・ソーカル氏の中身の乏しい論文を何の推敲もなくポストモダンの学術誌に掲載してしまったが故にポストモダンの権威はボロボロになってしまったので、致命的なダメージを受けたと言っても差し支えないでふ
論理実証主義とはどういった学問なのでふか?
ウィットゲンシュタイン氏の実証主義とマッハ氏の経験批判を融合したウィーン学団発祥の学問でふ
哲学は論理的な分析こそが真髄で、従来の形而上学や経験から得られるものは無意味であると批判しました
なぜフランスの高校では哲学必須なのでふか?
フランス革命や人権宣言があったので、昔から人民の権利や政治の在り方についての関心が高いのかと(今はそうでもないかもしれんが・・・)
啓蒙学者にフランス人が多いのが繋がっているかもしれないでふね
日本のセンター試験にあたるバカロレア試験にも文理関係なく哲学科目は必須でふ
ちなみに、内容は日本の大学内容相当の難解なことをやっていまふ(日本の倫理なんかとはわけが違う)
アナクシマンドロスは何を万物の根源としたのでふか?
ト・アぺイロン(無限定のもの)をアルケ―と唱えました
特定の性質(量や大きさなど)をもった具体的事物ではないもの、即ち無限であり、特定の性質がない故にありとあらゆる性質をもち得る(=無限定な)もののことを指しまふ
パルメニデスの「一からは一しか生まれない」というのは一元論における変化の否定ということでいいのでしょうか
パルメニデス氏の存在論の一環として、「存在」することは生成も消滅もしないこと、すなわち存在は「変化しない」ことであるという変化否定論がありまふ(貴職の捉え方で問題ないでふ)
一元論の中でも形而上学的なもの(そもそも彼がパイオニアでふが)であり、存在という枠組から「なぜ存在するのか?」などという感覚的な事項を除いたものに近いのではと思いまふ
パラダイムとはどういった概念なんでふか?
特定の時代における最も主要的なものの見方や思想のことでふ
もう少し簡単に言えば、その時代を反映する主流のもの見方や思想のことでふ
例としては、旧来ヨーロッパではプトレマイオスの唱えた「天動説」が主流でした
しかし、時が経って今度はコペルニクスによる「地動説」が主流となりました
その時代を反映するものの見方こそ、まさにパラダイムに該当するのでふ
ちなみに、時代を反映するパラダイムが大きく変化することを「パラダイム・シフト」と言いまふ(多分こっちの方が有名)
ホモシンボリクスとは何でしょうか?
人間は神や畏敬すべき自然の荘厳さを尊敬し、崇拝するといった人間の信仰心こそが人間と猿を識別する要因だという捉え方でふ
余談でふが、似たようなものにカッシーラによる「アニマルシンボリクス」という定義がありまふ
これは、人間は言語・記号といった「象徴(シンボル)」を巧みに操ることができることが人間と猿との違いだという捉え方になりまふ
また彼は人間が「シンボル」を認識することによって、新たに言語・芸術・宗教などを創造することができるとも述べていまふ
解釈学とはなんでふか?
文献(テキスト)の内容を正確に読み取るための技術体系と理論を学ぶ学問でふ
昔は古代の文献(主に聖書や神話)の内容を読み取って独自に噛み砕いて自己解釈するというものでしたが、近代になると、
ディルタイ氏が精神哲学と古代の解釈学(当時の名称は文献学といいまふ)を融合させた、人間らしさ(人間の精神)に焦点を当てることを目的としたさまざまな文献での解釈論が普及しました(これが現代の解釈学の所以でふ)
とは言っても古代の文献学に近い聖書や神話の解釈は今でも行われていまふ(古典解釈学と呼ばれる学問になりまふ)
カール・ポパーの反証主義とはどういった概念なんでふか?
彼の唱えた「反証可能性」は、簡単に言えば「反証」のできない科学は科学じゃない!という考え方でふ
彼の考え方によれば、どれだけたくさん具体的なデータを集めてこれは正しい!と言い張ったところで、常に成り立つとは断言はできない(=反証ができてしまう)、しかしながら、これこそが「真の科学」であるということになりまふ
具体的には、10000回やって失敗したから不可能と結論づけたいとしても、「10001回目はもしかすると成功するかもしれない可能性がある」と「反証」ができるのが科学の醍醐味だということでふ
長くはなってはしまいましたが、要は(カール・ポパーは)科学のもつ「反証可能性」という性質を使って、現代に知られている事柄は「真の科学」なのか「エセ科学」なのかを分類したかったのだと推測しまふ
実存主義とはなんでふか?
実存主義を語る上で欠かせない人物がサルトルで、彼の「実存は本質に先立つ」というのが実存主義のすべてでふ
要は、すべての事や物には何らかの理由や目的がある(≒本質)があるということでふ
例えば、ニヒケーという掲示板(=「物」)には、飯塚軍の生態や学問を学ぶという「目的」があるみたいな感じになりまふ