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贖罪の日々

8 レス · dat原文

「孕みゅ!孕みゅよ!」 ベッドの上で肛門に精液を注がれながら、白いモミアゲが特徴的な若い男、唐澤洋は叫んだ。 若さゆえの過ちだろう。罪深きこの男は一時の快楽のために命を宿してしまった。 洋はパートナーと相談しあい、経済的状況から総合的に判断して中絶を決めた。 それから十年が経ち、私、貴洋は洋の長男として産まれた。 人生の可能性を自らで絶ったという罪悪感からか、父は過保護ともいうべき育てかたをおこなった。 私は「ものごころ」というものがつく前から父が憎んでいたが、歪んだ愛情ではあったが父の気持ちを一身に受けとめた私の氷山のように固まった心はみごと融解していった。 少し経てば私は「洋」のことを愛していた。 多分、愛情表現は変わってはいたがその行為に彼は陶酔していた。真にやさしい世界である。 だが、十五年続いたこの関係もある日突然終わってしまう。 終わらせたのは弟の厚史だ。 厚史は成績優秀で運動もできた。兄の私よりも遥かに優秀だった。 ある日とは洋が厚史にとって中学での初めてのテストで全ての教科が満点に近い数だったことを知った日だ。 腹を痛めた二人目の息子という比較対象を得た洋は私を叱責するようになった。 このままでは私のためにいけないと奮起したのだろう。 私は戸惑いはしたが、またこれも洋の愛情であると思うと身震いがしたし、射精もした。 洋の心に応えるべく私はジムにも通ったし、勉学にも励んだ。 しかし、弟はいわゆる天才というやつだった。 いつまでも較べられ、私は叱られ続け、私はいつしか愛も感じなくなり弟を恨み嫉むようになっていた。 二年後、遂にダムは決壊し、水は溢れ、その水は弟を沈めていた。 揺れる弟の苦しみ抜いた死に顔の上に私の顔を水面に浮かべた。 これで洋にまた愛されると思うと胸が躍る。 しかしあのときから洋は抜け殻のようになってしまった。遂に私は愛されなかった。 私のときはこのようにはならなかったので罰を与えることにした。 愛される弟になろうと決めたのだ。 まるで弟のように上位大学にも入り、弁護士にもなった。 今では狂った洋は私を厚史と呼び、毎夜のごとく厚史を求める。 また洋が妊娠した。おそらく厚史だろう。 厚史は二人も必要ないので遠慮なく洋の腹を蹴り胎児を殺す。 また、厚史を殺すのはこの上なく愉悦なのでもう十回は妊娠させただろうか。 胎児を潰したときに暴れ泣き崩れ狂う洋を見ることも楽しい。 二人にはまだまだ贖罪の日々が残ってある。
はっきり言って日本語が下手くそだ
外国人が書いたような文章
尊文入ってるぞ
御尊文とかいう模倣を試みた者が皆発狂する現代のドクラマグラ
尊師の文のリスペクトじゃなくて、普通に頑張って書いたのに馬鹿なせいで中学生が背伸びして書いた文章になってるのが悲しいですを あっ、でもそれって尊師と同じですね
核投下跡地
核投下跡地