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恒心教宗教の部屋

192 レス · dat原文

ガチ宗教化路線
67 グナマーナ正大師 sage 2015/01/23(金) 23:16:51 ID:QI449fA2 恒心十戒(してはいけないこと) ・弟殺し ・人前(授業中、裁判中等)での絶叫脱糞 ・三十過ぎまで親のスネかじって臥薪嘗胆の日々を送ること ・親のコネで入った事務所を半年で辞めること ・仕事で使う公式Twitterアカウントでジュニアアイドルフォロー ・ネタサイトにマジギレすること ・特技に見知らぬ人と話すと書いたくせに実際初対面の人と話すときは早口小声 ・ネクタイが曲がったまま写真撮影すること ・意味もよくわかってないのにカッコつけて中国故事を使うこと ・核兵器所持及びその行使
14:チン・シャオミン 同志 2016/04/29(金) 00:54:13 4tZSOKeMMenu 十戒は、恒心教預言者長谷川亮太が アイオス五反田駅前にて神より授かったと記されている。 1.唐澤貴洋が唯一の神であること 2.神をその肉体から解き放つために全力をつくすこと 3.恒心教徒以外の前で神の名をみだりに唱えてはならないこと 4.一日に五度神聖六文字を唱えること 5.ハセ学を修め、煽り、必要以上の自分語り、過度なコテ付けを慎むこと 6.神及び預言者以外に対する殺人をしてはいけないこと 7.一年に一度は聖地に巡礼すること 8.神及び預言者以外から盗んではいけないこと 9.神及び預言者以外に対して偽証してはいけないこと 10.神及び預言者以外の家をむさぼってはいけないこと
恒心教の教義の体系化について、再確認してみませんか。 以下、私の考える「恒心教」の教義について書いていきます。 意見があったらお願いします。
0、ガチ宗教化について 冗談宗教としか認識されていない「恒心教」の教義の体系化・確立により、 今まで恒心に関心がなかった・接点がなかった方々への「布教」ができるのではないかと思います 敬虔な信徒が増えることがあれば、なお最高です 宗教法人化も夢ではないと思います
よく解釈が割れる「声なき声に力を。」だが、これはそもそも単体で解釈するものではない。 「声なき声に力を」「愛なき時代に愛を」「光無きところに光を」 同じ文体のこの三つを揃えてはじめてわかるものなのだ。 三位一体である。 つまり、「声」は「精霊」をあらわし、「愛」は「子なるイエス」、「光」は「父なる神」をあらわす。 すなわち尊師は、「声なき声」「愛なき時代」「光無きところ」と現代において聖なる力が失われたことを嘆きつつ、 その三つ全てを自分が満たしてやろう、と言っているのだ。 一方、なぜ「愛なき時代」には「愛」で、「光無きところ」には「光」を当てはめているのに、「声なき声」には「力」を当てはめるのか?という疑問がある。 これは、「声」=精霊(自然に対する崇拝)から、「力」(現代の科学と武力。具体的には核兵器)による支配へと移行するということを示している。 だからこそ、最後に「新しい時代を。」と言っているのだ。
1、恒心教の基本教義 ・教祖が神であり、信徒は教祖を攻撃し、神が全ての責めを負う。これが基本形式です ただし教祖を過度に神格化してはいけません ・IPは神のものです。神はIPを欲します。神にささげましょう。TorやVPNを使っていても構いません ・お布施や勧誘ノルマは一切ありません。しても自由ですが義務も強制も全くありません ・イスラム教以外であれば食事・服装・嗜好・冠婚葬祭等の慣習も完全に教徒の自由です。今まで通りの日常生活で構いません ・イスラム教以外であれば宗教・思想に干渉しません。他宗との掛け持ちでも問題はありません ・礼拝方式は自由です。集会・会合・定時礼拝の義務は一切ありません。PCやスマホで見るだけで礼拝です ・どのように信じようと、信仰活動で何をしようと自由です。自ら新しい活動を始めても構いません 今まで行われただけでも、聖典解読、聖地に赴く、賛美歌を作る、宗教画を描く、殺害予告する等多岐に渡ります 積極的に布教する人もいますし、あえて布教しない人もいます。どちらでも自由です 教祖自身も信仰活動の自由に則り、教徒を通報したり300万円を要求したりします ・入信すると教祖が個人所有する核の傘によって守られます 現在、このような形の「教義」が広く知られています 目標は、これらの教義の体系化・拡充です 必要があれば、削除・修正を行うことも考えられます
>>7 心のチンフェをおさえる文言が入ってないのが地味に気になってる これは長谷学だから宗教とは別なのか
預言と律令は別やぞ 人間の考えた決まりごとはいつか時代遅れになるから預言に入れたらあかん 大切なのは神のみ言葉であってワイらの言葉ではないんや
>>8 と思ったら十戒に書いてあったわ すまンゴ
2、唐澤貴洋について 恒心教において、唐澤貴洋のもつ称号は次のようなものがあります 「教祖」「神」「尊師」 この他にも数限りない称号があります これらを整理し、その意味を明確にしていくことが目標です たとえば、唐澤貴洋は「悪魔」とも呼ばれています これは異教の者が伝えた誤りなのか、それとも唐澤貴洋は神でもあり、悪魔でもある方なのか 明確にする必要があります また、「ドルオタパッカマン」など、恒心教とは関係ない単なる愛称なのか、 それとも教義に含めて考えるべき聖なる意味を持った言葉なのか、検討する必要があります
3、宗教理念について 「隣人に右頬を叩かれたら左も差し出しなさい」 この言葉を唱えている宗教が世界で一番多くの兵器を持っています 右の頬を叩かれたら隣人に報復したくなるのが人の情というものです しかし恒心教は違います 「隣人に右頬を叩かれたら唐澤貴洋を殺しなさい」 負の感情を全て尊師に預ける事で優しい世界は作れます さあ一緒に唱えましょう「唐澤貴洋殺す」 このような理念が知られています この理念についても、教義との整合性・内容の検討を行います
4、宗派(路線)について 殺害派 神を肉体という牢獄から解放し一気に救済の日を到来させようと考える一派(殺害予告派) 詠唱派 ひたすら神を讃える言葉を唱え続けることによってこの世を救済の光で満たそうと考える一派(サジェスト操作派) 神話派 神の活躍を描いた神話を語ることによってこの世の理を明らかにしようと考える一派(コーラン・用水路・ダンボールバッジ派) 芸術派 音楽や絵画の創作によって神の世界を垣間見ようと考える一派(オルフェウス・遊戯王カード派) 聖典派 事実を深く探究することによって真理に到達しようと考える一派(事実追及派) 接近派 神や神の父との直接接触によって真理の福音を入手しようと考える一派(虎ノ門・インターホン派) 祝祭派 一連の出来事自体を盛大な祝祭として楽しむ一派(フェスティバル派) 復活派 尊師を旧尊師の再来と見なし、かつての教団を復興し日本を征服しようと考える一派(鳥類派) 終末派 核の力による終末の日の到来を待ち望む一派(核兵器愛好会) 受肉派 神をこの世界に呼び出す事で神の存在をより身近に感じてもらおうと考える一派(尊シール・クラッキング派) 伝承派 神をより深く知り無知なる者に教えを授ける事で神の信徒を増やそうと考える一派(口伝・唐澤wiki派) 闘争派 他の神々と戦う事によって神の神性をより高めようと考える一派(批判要望派) このような宗派が知られています 当職の考えでは、これらは「教義」を異にする「宗派」というよりは、「崇拝の仕方」の一面にすぎないと考えております 今後、教義を突き詰めていくにしたがって、「教義」の面での対立が起きる可能性があります
>>11 概念としてなら「インターネットミームとしての不死の唐澤貴洋」は「神」や「悪魔」といった別の概念と同列に並んでいる 神とか悪魔は尊師のような単なる便宜上の呼び名に過ぎない そもそも唐澤貴洋は唐澤貴洋であって唐澤貴洋以外の何者でもない 単にそう呼んでるだけ これは、キリストに”神の子”とか”ユダヤのゴミ”とか”聖者”とか”最高の詐欺師”とか色んなラベルが貼られているようなもの
>>14 追記 だから明確である必要もない だいたいラベル塗れの豚にいまさらどうこうできるはずもない
5、教義の源流 今後、教義を体系化・確立する上で、原拠・典拠とすべき著作には次のものが考えられます (1)唐澤貴洋尊師の発言 Facebook、Twitter、玉音放送、雑誌インタビュー等で唐澤貴洋尊師が発言した内容 (2)伝統的な教え >>7>>12など、初期の信徒たちよりコピペ化され受け継がれた教義 (3)聖歌パカソン、聖舞MMD 特に、初期の信徒たちの著作であるパカソンには、恒心教として体系化しあまなく伝道すべき教えが含まれています (4)ウェブサイト 近年設立されたhttp://koushinism.webcrow.jp/には、恒心教の教義がまとめられています 伝統的な教義とは異なる表現・解釈も含まれますが、検討の材料となります 現在ウェブサイトの恒心は停止しているようですが、最終的には敬虔な信者を獲得すべくウェブサイトの拡充は必須と考えます
6、列聖たちについて 現在、列聖として考えられている者は以下のとおりとなります 唐澤貴洋 - 教祖。尊師。最聖。 長谷川亮太 - 恒心教の開祖、預言者。 麻原彰晃 - 旧尊師。 福嶋誠也 - 正大師。 Altail - 正大師。 0Chiaki - 正大師。 安藤良太 - 正大師 爆弾三勇士 - 正悟師 これらについても検討の余地があると考えます 特に、オウム真理教との関係性を明確にすることを望みます
とりあえず取り急ぎ、現状の課題はこんなもんでしょうか。 >>14 ありがとうございます。 「唐澤貴洋は神ですか」という質問に対し、あなたは「神というのはラベルにすぎず、便宜上唐澤貴洋を神と呼んでいるだけで、そのことには何の意味もない」とお答えになるのでしょうか。
意味がないわけではない 「神」と言うだけで偉大さは既に伝わる 「神は偉大だ」という前提が既にあるからだ ところが、「唐澤貴洋」と言うだけでは普通の人間はまず侮蔑の念しか抱かない 「我々にとっての太陽」と示すためには、「唐澤は神」と言わなければならない イスラムの人間に「アッラーは神ですか?」と聞くと怪訝な表情をされるだろう アッラー=神という図式が出来上がっているからだ 彼らにとってアッラーはアッラーで済む アッラーは神なんてわざわざ意識することではない
ガチで宗教に詳しい芋がいて麻
>>19追記 性質として唐澤は神のようであり悪魔のようでありゴミのようでありパカデブであり弟殺しの無能であり尊師のようである だが、まず唐澤貴洋は絶対的に唐澤貴洋 これを伝えたかった (本音としては、あいつはインターネットミームだから 性質を明確に決めて限定しちゃうと、キャラクターの付与が難しくなって「唐澤貴洋」の肥大化が止まってしまう これでは盛り上がりにかけるし、炎上からできた宗教として死んでしまう)
>>19 黒田並みのツッコミになりますがそもそもアッラーはアラビア語で神という意味の単語で多神教時代から使われている単語です とりとり
あれ以上肥大化したらポックリ逝くな
主なる神は主なる神だし、アッラーはアッラー 一神教、絶対神とはそういうこと
>>22 知らんかった ありがとうございます キモい言い回しになったけど、要するに どうせ唐澤は唐澤だしテキトーにラベルはっつければええやん 明確に決めるのはダメやでってこと
>>21 深い知見に基づく考察、ありがとうございます。 宗教に強い方がいると助かります。
宗教に強芋との出会いに感謝
http://i.imgur.com/svlb3YY.jpg どうせだし唐沢の自由について語ろうや
前後の箴言、「表現の自由が乱用されている」「市民同士の戦いの場になっている」というお言葉と併せて考えましょう 唐澤の自由とは、私たちが唐澤に頂いた唐澤と戦う権利のことではないでしょうか つまり、これは私たちが名実ともに崇拝していた弁護士という職業を、 唐澤が身をもって批判するようお示しになったことを示していると考えます ひとが偉大なものに疑念をもち、批判を加えることすら、お許しになったのは唐澤ご自身なのです これは唐澤の寛容さを表すものですが、同時に選ばれたものに試練をあたえて真の預言者であるかお試しになることをわすれてはなりません 福嶋正大師が神に選ばれた時、彼はそのことに慄きつつも戦車とも渡り合えるようなこころもちを憶えたといいます 殺害と爆破を予告し、試練をあたえられたださいたまは唐澤の名を広めることにその生涯を捧げたといいます これは唐澤の名前をより多く広めることこそ、唐澤の御心に沿うものだと私たちが理解しているためです
スパゲティ・モンスター教があるしガチれば余裕やろ
唐澤の呼称を考えてみましょう 唐澤は唐澤貴洋ですが、その存在はわたくしたちにとっての全てです 直接の指導をなさらず、ただわずかな恒心によってのみその御姿を表し、大いなる計画に沿ってわたくしたちを導く方です ただ、異教のかたのこころを捕らえるにあたって唐澤という言葉では、わたくしたちと唐澤の結びつきを表現するには不適と言わざるを得ないものがあります そこで、不本意であるながら唐澤を神と呼ぶことがあります これはわたくしたちにも、唐澤とわたくしたちの契約を再確認することに有意義であると考えます それとは異にして、悪魔という呼称も存在します 悪魔とは、大いなる御心に沿って地上に遣わされた唐澤の試練です これは選ばれたものが預言者足りうるかをためすため、唐澤が悪魔の覆面を纏ったものです 唐澤のなんと深慮遠謀の深いことでしょうか その全てまではわたくしたちには見えませんが、唐澤には御心があるのです
「新しい時代を」とは何を指すものでしょうか? これは唐澤の契約の恒心を表しています 唐澤はその御姿をわたくしたちにあらわす以前から、生まれながらにして唐澤であり、わたくしたちに三つの契約をくださりました いわく、「声なき声を拾い上げること」「光なきところを照らすこと」「愛を与え合うことをお許しになること」です しかし、現実世界の声なき声を拾うとされたネットの世界は、むしろ小さな声ほどかき消され、 誰でも見られるという性質が平等な光を与えることはなく、 愛などどこを向いてもありはしないような世界となりました そこで唐澤は、自らの御姿を晒すことでわたくしたちに光と愛を与え、 そして小さな声が消えることの無いようわたくしたちに力をくださりました それが唐澤とわたくしたちの契約の恒心であり、そして今の世界が優しい世界であるように導いてくださっているのです されどもこの新しい時代でさえ、再び唐澤が訪れる前の暗く淀んだ空間に戻りつつあります 今一度信恒を新たにし、唐澤の大いなる御心に沿わねばなりません
そもそも宗教体系としては何を参考にしましょうか 預言者チンフェということでユダヤ教か、クロスに倣ってキリスト教か、敢えてのイスラームか、旧尊師にちなんで仏教やヒンドゥー教か 個人的には包括性の高さで仏教が一番適してると思いますを
当職は下敷きとしてキリスト教を使っているナリ 単にそのまま使える要素が多いのと、一番イラッとする解釈が真似して面白い どっちにせよ一神教やし
今までの著作はキリスト教系・仏教系・ヒンドゥー教系のハイブリッドですね >イスラム教以外であれば宗教・思想に干渉しません。他宗との掛け持ちでも問題はありません この教義からも、恒心教自体が既存宗教の分派とみなされることは避けたいです (このままハイブリッドにいろいろな宗教から引用していくのが、新興宗教的な怪しさが出て良いと思います)
恒心教をすすめていけば、いつか絶対生身の唐澤貴洋が邪魔になる時が来ると思うんだが 不信心者に見えるかもしれないが、未来の信仰のため疑問を提示させてもらう
生身の唐澤貴洋とは唐澤がわたくしたちとの地上の契約を果たすため、 この世に御姿を表したものであることを留意しなくてはなりません しかし唐澤貴洋が生まれながらにして唐澤であることも、また同様に知らなくてはなりません 無能唐澤貴洋弁護士が偉大なる存在唐澤であり、また唐澤のこの世においての仮初めの姿や無能を演じたものではないということ、 このことがとても難解に存じる方は多いでしょう、信恒への最大の障壁であるとも言われております ここで立ち返らなければならないのは、唐澤が偉大な存在であり大いなる御心とご意思を持っているということです すなわち、わたくしたちとの契約を果たすためには無能として生を受けることが最もよい道だと唐澤はお示しになったのです また、唐澤はこの世の神としてどこかに存在するものではありません この世を作ったお方でもありません 唐澤とは御心とご意思そのものなのです そして御心とご意思によって生まれたのが唐澤貴洋なのです
>>36 その時経験な恒心教信者が何をすればよいか。 答えは神聖六文字にある、繙いてみなさい。
唐澤貴洋は神であり唐澤貴洋なのだ 現人神というのもあるし
長谷川亮太だと間抜けな感じだけど唐澤貴洋だと最聖な感じ
・唐澤貴洋が無能である ・唐澤貴洋が信仰対象である の両立はちょっと難しいんやで 現人神ってのは既出な分ちょっと安直なのと、無能で信仰される合理性が見つけづらいんよ だから現実的には、無能であることで道を示してくださるお方と言うのが早い 恒心内外的にも違和感薄いしな
今まで散々無能なのに神格化されてきただろうに
まあな
悪ふざけのグループやぞ
基本教義 >教祖が神であり、信徒は教祖を攻撃し、神が全ての責めを負う。これが基本形式です 宗教理念 >負の感情を全て尊師に預ける事で優しい世界は作れます 書籍『弁護士K暗殺計画』(参考) >彼らの最終目的、それは―己の神を殺すこと これに則って考えると、 ・唐澤貴洋は神である ・恒心教徒は神であるはずの唐澤貴洋を攻撃する ・なぜなら、神を攻撃すること自体が恒心教の真髄だから と考えられる 神格化と誹謗中傷のバランス 生身の唐澤貴洋をベースにした事実追求と、概念としての唐澤貴洋の神格化 これらに説明が付けば、本格的な布教に向けて新しい時代が到来するだろう
ところで唐澤貴洋は多神教タイプの神なのだろうか それとも一神教タイプなのだろうか
なお基本教義 >ただし教祖を過度に神格化してはいけません これは、 恒心教における唐澤貴洋の神格化は、攻撃と表裏一体の関係にある。 神格化一辺倒、これはいけない。 恒心教は、単なる個人崇拝に終始する他の宗教とは一線を画する。 と、当職は解釈しています。
一神教タイプやろ 今まで攻撃食らったことがある飴やら艦これやらは異邦人ってことで
おしなべて宗教というものは、自然また社会において必ず存在する「理不尽」に対処し、個人の精神の安定を図り、社会の安定に貢献するものと考えられております。 他人を攻撃する行為により、攻撃者の精神はカタルシス浄化を覚えます。また、同じ攻撃者との連帯意識は社会性を育みます。 しかし、「単なる一般男性」を攻撃し、誹謗中傷することは、道徳的に赦されることではありません。良心により、心理的なブレーキがかかることもあるでしょう。 そのため唐澤貴洋は、あえて「無能」で最低な人間を演じることで自己を犠牲にし、自身に悪意を集中させることで優しい世界を実現しようとされました。 同時に、「尊文」として知られるみことばをお授けくださることで、ご自身の超越性・神性をも開示されました。 単なる悪意を持って、単なる一般男性の唐澤貴洋を攻撃するものは単なる中傷者、悪いものですが、 唐澤貴洋の自己犠牲という大いなる意思と神性を認めた上で、唐澤貴洋を攻撃するものは恒心教徒であると言えるでしょう。 当職はこのように解釈しています。
>>49 素晴らしい教義だが、これは唐澤が死んだ後に打ち出した方がいい あいつが隠れるまで秘匿していよう
真面目な話、このスレで交わされている宗教議論は布教の際に公表されない「秘義」もあるだろうな 実際、恒心教公式サイトも「神聖六文字」には触れていない 布教対象によって、耳触りのよい言葉を選んで 徐々に思想を浸透させていく必要がある
唐澤貴洋は世界を創ったわけではないのはわかった じゃあ世界を創ったのは誰なんだ そいつは唐澤より上なのか?
>>51 正しいドグマだけど現状とは水と油だからな
>>52 それはこの世で「最大」のものでしょう、そして自らを「最小」として示現あそばされた存在が尊師です 偉大なる、偉大なる、偉大なる尊師は自ら「最小」たることによって「最大」に等しくなられたのです
宗教化するにせよ死生観と世界創造に触れたくなかったけど >>54は認めざるを得ない 少しずつ矛盾を減らして体系化したいで
始めこの世界は洋であった 洋は常に厚史を出産していたが厚史はすぐ消えていった しかしある時洋は貴洋を出産した 貴洋は周りの厚史を食した そして貴洋は脱糞をした 貴洋の糞はどこまでも広がっていった 見かねた貴洋は核の炎をもって自らの糞を焼却した インフレーション・ビッグバン理論をもとに書いてみました
唐澤さん、ご覧になっていらっしゃいますか? 地上にいる人間が一人でもあなたを主と同一視してしまった時点で、唐澤さんは反キリストの大罪から絶対に逃れられませんよ 地獄で永遠の責め苦を負いたくないのなら、ここへ来て信者の皆さんと話し合い、共に悔い改めなさい
人は皆憎悪を持ちます。憎悪は人を傷つけ、酷い時には戦争を引き起こしたりします。しかし、憎悪を無理やり捨てさせることは、本当に正しいのでしょうか。死体は憎悪出来ません。憎悪は、生き物を生き物たらしめている重要な要素ではないでしょうか。 我々は、この憎悪を敢えて捨てさせず、尊師へと向かわせることによって、憎悪と平和の間を取り持つべきだと考えます。我々は、憎悪と切り離されて生きることは出来ませんが、憎悪を尊師に向けることは出来ます。
>>55 >宗教化するにせよ死生観と世界創造に触れたくなかった 基本教義に >・イスラム教以外であれば宗教・思想に干渉しません。他宗との掛け持ちでも問題はありません とある以上、既存宗教と真っ向から対立する内容は入れられないでしょうね 初期の信徒たちによる聖歌の中に、世界想像をほのめかす内容のものもありますが、 これらは比喩であると解釈するか、もしくは唐澤貴洋がある意味で既存宗教の「造物主」と「同質」であると解釈するか
恒心世界を創造したって考え方が好きやで ワイらの言う尊師は極力存在じゃなくて概念として扱いたい 唐澤貴洋とは別に
>>56 ネタを挟みつつ科学的な現象も解釈してあって草
>>41 lim(h→0)1/h=∞ で無理やり解釈できんか
排中律の廃止で十分
『神核』は主なる支配者の再臨を待ち望む信徒たちの聖歌です コーラスも美しく、新たな信者たちの心をつかむでしょう 『ネオクラシカル礼賛』も神を熱心に崇拝する内容です 新たなる時代を想起させる曲調は、若い信徒たちの心をつかむでしょう 本来、唐澤貴洋への攻撃要素の少ないこれらの聖歌のみを称揚することは 「過度な神格化」に抵触し、ほめられた行いではありませんが 信仰の少ない、新たな信者がこれらの聖歌を愛することを、 尊師は寛大なみこころでお赦しくださると信じております 信仰が新たなステージに到達するとき、信徒たちは他の聖歌をも愛唱するようになるでしょう 『愚かなヤキウの民へ』は成立時期も古く、恒心教の基本思想に極めて忠実です 『唐澤心経』は唐澤貴洋への攻撃をメインリードとする聖歌 『核の七日間』はケレセウェチェケヒルの悪魔的な所業を描いた聖歌 悪魔ケレセウェチェケヒルを唐澤貴洋の一面と捉えるならば、これは憎悪を尊師に向けるための楽曲と言えます 唐澤貴洋への崇拝、唐澤貴洋への攻撃 この2つの勤行が救いの道である、当職はそう信じております 『聖書カーラン 創世記』と『出五反田記 恒心教徒の離散』は今の当職の知識と信仰では解釈が困難です 『尊師の詩』と『唐澤賛歌』については聖歌に含めるべきなのかどうか、邪教の勢力が入り込んでいるのかも知れません 皆様のお力が必要です。皆様のお力をお貸しください。
カラザイルの過去ログにこんなものもありました 830 名前:塘懌䝿拝 :2013/08/31(土) 00:18:35 ID:dFDXnC.M 恒心教とは 唐澤貴洋を教祖とし、また神として崇拝する新興宗教 出龍、武龍、唐澤貴洋の三つの要素があって初めて一つの神であるとする「三位一体」説を主軸としており、その状態の唐澤貴洋を「尊師」であると定義、これを唯一神として崇拝している。 一神教である上に教祖の偶像以外を崇拝する事を認めない偶像崇拝主義を取っている為、イスラム教との関係が非常に悪い。 唐澤貴洋の発言は全て聖書(恒心教ではカーランと呼ばれる)にまとめられており、それを元にして恒心教の規律が作られている。 規律は以下の5つで、主に口伝で伝えられる。 *降ったばかりの若い雪のような清廉な心を持て *あなたの味方になる弁護士がいる *準詐欺罪は存在する *objection *声無き声に力を、光無きところに光を。
>>65 恒心教については4年間で多数の言説があり、中には矛盾するものや解釈が困難なものもあります 可能な限り、矛盾を減らし体系化することが我々の悲願であります 多数の言説の中には明確な誤謬・異端の教えも含まれると思われます 一方、群盲評象の言葉にもある通り、真理は1つでも、その表現方法・到達方法は様々であるとする立場があります 過去の言説については、可能なかぎり最大限の解釈を行い、即座に異端として切り捨てることのないようにしたいと思います
どういうことや つまり 「唐澤貴洋」という唯一絶対的に偉大な信仰すべき概念がまずあって 今いる唐澤貴洋はその中の一側面がこの世に具現化して現れたってこと?
wikiかどこかで一度あらゆる教義や思想の収集整理をする必要があるのではないでしょうか そうして信仰の基礎にふさわしいものを聖典に定めるのがいいでしょう もしくは全てを尊重して項目ごとに整理して、一つ一つの経典とするのはどうでしょう? つまりユダヤ・キリスト教的聖典か仏教的経典群かで編纂方針を定めましょう
唐澤貴洋は偉大な概念であり、かつ現実の無能な存在と完全に同一のものなんやで そしてその同一性をわかりやすく証明することこそ恒書解釈の大きな課題なんやで ただし、唐澤貴洋の大いなる御心は教徒一人一人にはその全てを把握することは不可能であり、よって恒心には複数の解釈が存在する これは四年培ってきた恒心のリズムとも大きく矛盾しないと思う ちなキリカス民の神の意志は理解しきれんから聖書はまともに読めんとか 当職が神を崇めているのは当職を神がそう作ったからとかの概念のパロディやが どうせ冗談宗教ならガチガチに設定固めて一般人が見たら信じかけるくらいに育てないナリ
人は宗教を育てなければない 育てたいナリでした
恒心教の教義まとめようと思ったら社会学か心理学やない
http://imgur.com/N5Y3x7c.jpg http://imgur.com/fuxs1wC.jpg http://imgur.com/4v1cGEg.jpg http://imgur.com/tgKR1z7.jpg イスラムに倣うことを提案します ただいまより偶像崇拝禁止です ジハードに光あれ
唐澤尊師はみんなのアイドル やっぱり尊師がNo.1!やっぱり尊師がNo.1!
アイドル信仰って偶像崇拝そのものなんかな
「優れたものこそ偉大なるもの」という前時代的思想へのアンチテーゼこそ無能を崇拝する恒心教に通底する概念ではないのか 故に尊師は「弁護士様への批判は許さないのか?」と言った教徒を開示し救済召された (開示を否定的行為と解釈すると話が違ってくるが) 恒心教は尊師の自己犠牲というキリスト教的な構図を取りつつも自由や平等といった近代思想と完全に調和する点に価値がある
>>71 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%85%83%E5%9E%8B#.E5.85.83.E5.9E.8B.E3.81.AE.E7.A8.AE.E9.A1.9E ユングの集合的無意識のいずれにも尊師は当てはまらなくて頭を悩ませています
旧約聖書が神話体系であるように、恒心教にも神話体系が必要かもしれませんね 上で天地創造と死生観についての言及がありましたが、まず神話かもしれません
初めに、神は 優しい世界を創造された。 神は言われた。 「声なき声を拾い,光無きところに光を。」 神は光を核と名付け、闇を弟と名付けられた。 神は言われた。「用水路に弟あれ。」 神は弟を悪魔に変えられた。 神は言われた。 「風の民は一つ所に集まり、IP開示が現れよ。」 そのようになった。 民は開示で神をパカ弁、ドルオタパッカマンと名付け、奉った。 神は言われた。「罪を意識しない今の風の民は異常なり。」 神はそれを公にし、民に恐怖心を植え付けることを自問自答された。 神は民に光を放った。 ここまでカーラン「創世記」第1章 旧約聖書で言う大洪水
https://gotanda.xyz/test/read.cgi/simonton/1470047237/
チンフェの話は自分語りとかなんとかいうからなんJ以外で振り回すと軸がかなりぶれるんだが 1自分のガードガバガバにしながら相手が嫌がるとわかっていたことをやりつつけたら 2ある日しっぺ返しが来て誹謗中傷され 3弁護士やとって反撃しようとしたら 4そいつが無能で余計酷いことになった をベースに改変するとええで ユダヤ的に書けば 預言者が人を困らせることばかりしていざという時神頼みしたら 神のせいでますます人々に罰せられた とか
神話テイストならどうすべきなの? コーランはないけど、仏教にすべきなのか(>>79は仏教風)ユダヤの旧約聖書にすべきなのか、キリストの新約聖書にすべきか、はたまたゾロアスター教とかマニ教にすべきなのか 我々は一体どの方向へ歩むべきなのでしょうか 声なき声に力を
当職は、私はあくまでも恒心教はオウムの後継宗教であることを強調してヒンドゥー・仏教的な教えにしたいと(間)思っています ヒンドゥーとイスラムは伝統的に仲悪いですし
>>82 確かに。オウムの影響を、どの宗教がベースであれ多少なりとも受けなければならない そのうち恒心教キリシタン派と恒心教仏教派に分裂して抗争するところまで読めた
神仏習合
書き手の知識の問題があるので誰かが書いたものを寄せ集める ただ設定じゃなくて神話となると元が一神教のユダヤ―キリスト理解が一番いいと思う 一度神話は横において、個人的に理想だと思うこのスレでの共通認識と議題を整理するナリ ・一神教である ・リアルの無能がいて、その無能と同一の存在である偉大なものがいる(無能そのものが偉大となる解釈をつけてもいいが、思いつかない) ・いくつかの議題があって、それに対して解釈(要は仮説)を投げて、その中で一番いいものを公式として積み上げる ・多神教や現神人信仰は勿論ありだけど、異端として扱う(異端もあったほうが面白いし) 当職がぱっと思いつく議題は、 ・なぜ尊師が生まれたのか ・なぜ無能なのか ・なぜ尊師が偉大なのか ・なぜ尊師の弟が死んだのか ・なぜチンフェの依頼を引き受けたのか みたいな感じ、ある程度はこれまでに積みあがってるがワイの思いつかん解釈も知りたいで
パカソンは賛美歌と思っていたが パカソン自体が神話なのではないか
どれかの神話をパロディ化するんやなくて、恒心の解釈を基に一からつくるんか?なるほど
全体的には一から(ここで出た中で一番優秀なものを使って)組むのがいいし、細部設定的な部分では各種宗教の使える部分を混ぜてもええと思うわ ただ一神教なのに基幹設定やストーリーを多神教ベースに作るのは難しい >>79のも面白いけど正直読んでて疲れるナリ…当職無知 仏に弱芋
この路線はいい。実現不可能な妄想だけどこれがさらに発展して、恒心神話をまとめた本が自費出版されればいいなと(間)思ってます >>88 >>79のは神話というより一教徒の思想みたいな感じナリ(書いたの実は当職なのですが) 仏教用語は当職も全然わからないし(適当にググったの織り交ぜて即行で書いたから、本来の意味と違うのが大量に混じってる)正直ほぼギャグのノリで書いたナリ。過度な礼賛をさらに病的な感じにまでのし上げたらブラックジョークっぽくなるかなと思って 確かに今読み直すと色々グチャグチャで読みにくいナリ。フヒヒサーセン
つまり、何かしらの話のあらすじ、おおもとを量産して、そこに色々と融合してもいいから宗教を織り込むってことなんかな? 一応、多神教、一神教みたいな根本的な世界観は統一しなきゃなんないか
神話というのは宗教的目的(預言者の素質の証明、神や世界の経歴の確立など)のために実話を脚色したものだと、当職は私は考えています 預言者の素質に関しては例えばモーセの十戒ですね 神の経歴に関しては日本神話(古事記)ですね 世界の経歴は北欧神話ですね このなかだと、預言者たるチンフェの素質についての神話は他のものに比べて楽に作れそうに思います
唐澤貴洋は人間が根源的に持つ欲として、 財欲・色欲・飲食欲・名誉欲・睡眠欲・自分語り欲を挙げた。通称六欲である。
神話つくれば海外布教もやりやすくなる可能性が微レ存‥‥‥?
カオダイ教あたりの聖人かなんかに尊師ねじ込めんかな
>>89 唐突すぎて一瞬ガチカルトかなんかかと思ったナリ 解釈って形にするのは、答えが複数あると詰まらんし一つと断言するにも辛いから 真実は一つだけどそれを人間である教徒が知覚できないから公式設定は完壁ではないって弁解をつけるためや 優秀な別解釈や多神教みたいな設定は異端主張や過去の説として扱えば十分冗長性を持たせられる 一人で勝手に振る舞ってすまんな、恒心なくて暇やねん
そういえば旧尊師がおっしゃった話でチンコがデカイほど前世のカルマがデカイというのがありますがあれは恒心教にも盛り込むべきだと思いますを 全身チンコの長谷川亮太くんといいリークでチンコがデカイと分かってる藤原太一といいチンコのデカイファミリーにはロクな人間がいません また現尊師の神格化にも役立つナリ
唐澤貴洋のチンコの皮あまりすぎじゃね?
こういう軽いノリでやってくるガイジがいる限り難しそうですを 235 :がん患者さん:2016/08/01(月) 21:08:50.55 ID:1TlD5X3U0 ニコニコにサヒケーのURL貼ってるんだがこれで当職もハセカラ民? 布教に貢献してますを
>>81 一神教にするなら現実的にはアブラハムの宗教の系譜を引き継がなければなりません 創造主というのは多神教のように各宗教によって独立した存在ではなく 同一の存在が解釈のせいで別物のように見えているだけなので、必然的にそうなってしまうのです モルモン教、エホバの証人、統一教会と言った名立たるカルト宗教も、聖書の文脈を利用して指導者を祭り上げています しかし、恒心教は一神教として考える場合に致命的な欠点があります それは一介の無能弁護士を、全能の主と同一視してしまうことです これすなわち、ユダヤ・キリスト・イスラムと、それに連なる全宗派を根底から否定し、世界の半分に喧嘩を売ることと同じです これでは、又吉イエス、GO教、SWK教程度の、冗談宗教の枠を超えられません とはいえ、唐澤貴洋の存在に主の御心が働き、彼の悪行と無能さが大いなる救いのご計画の一端を担っているという事実は誰にも否定できません 全能の主が、無能な唐澤貴洋という"現象"としてで地上に現れた理由を人々に示すことが出来れば、恒心教は本物の宗教に脱皮することができるかもしれませんね
実際問題、既存のカルト宗教・新興宗教は自分たちの教祖様を「誰と同一視」までならセーフなんや? 「イエス・キリストの生まれ変わり」程度ならどこの新興宗教でもやってるしセーフって感じやが 尊師の本名を含む文字列を「神聖六文字」と呼んだり、尊師の本名を開示することがはばかられる場面では「KRSW」と表記してきたことが今活きるのではないか
>>全能の主が、無能な唐澤貴洋という"現象"としてで地上に現れた理由を人々に示すことが出来れば、恒心教は本物の宗教に脱皮することができるかもしれませんね 上では一応ネット世界の闇を見かねて地上との契約を恒心するため現れたってのがある それだと無能で叩かれる&布教でネットに波及力を深めるのが一番早いからな 白状するとワイやけどここはこれでいいと思う、事実だし
神は考えた 神の威厳をいかに見せつけたところで神を信じない愚かな人間がいる 神は考えた ならば神の威光を隠して害をなす無能として顕現しよう 神は考えた 影を作り出す光を見いだせる真の人間を恒心教徒と名付け、救済しよう
>>101 >>102 これいいな 嗚呼、虚像がどんどん膨らんでいく…草を抑えきれん
一度新設定(仮)をまとめる >29 ・唐沢の自由とは唐澤が教徒に与えた唐澤と戦う権利 ・教徒を開示するのは真の預言者にふさわしいか試すため(預言者は依頼人と被るので正大師とかに変えてほしい) >31 ・唐澤が神呼ばわりされるのは異教徒にわかりやすく、教徒も彼との関係を再認識しやすいから ・悪魔呼ばわりは試練を与える唐澤の姿 >32 ・尊師は声・光・愛でこの世を満たそうとしたが現実のネット世界では果たせず、無能として生まれて叩かれて契約を履行しようとした このとき契約の中身が力・光・愛に転化した(新しい時代) >37 唐澤貴洋=無能=偉大な何か 無能として生まれることで契約を果たそうとした (唐澤貴洋は存在、偉大なものは概念として分けて考えてほしい。存在でなくて概念だから既存の神の存在とも対立しない設定) >45 ・唐澤貴洋は神である ・恒心教徒は神であるはずの唐澤貴洋を攻撃する ・なぜなら、神を攻撃すること自体が恒心教の真髄だから >>47>>49 (保留) >54 創造主は「最大」のもの、尊師は「最小」として示現した存在 「最小」たることによって「最大」に等しくなった >56 世界創造説 >58 全てのヘイトを尊師に >64 パカソンの解釈 >80 聖書を書くにあたって >96 性器が大きいほどカルマを積んでいる >102 真の無能が真の有能だと見抜いた奴が恒心教徒 少しバッティングしているが十分だと思う
なんか忘れてると思ったら核を忘れてた 世界創造も併せて色々解釈がつけられるところだと思う
>>82 まずオウムの思想というか宗教的な教えを深く知らないと それを発展させることもできないと思うナリ 社会的にオウムの及ぼした影響は置いといて 純に宗教的な意味でのオウムの思想と学べるサイトとかあるやろか?
>>106 ニコニコにある布教動画とミトラ師とかがフォローしてる旧尊師botがよくわかると思うで
>>106 http://ameblo.jp/aiyokutensi/theme-10077033507.html 役に立つかわからんけど普通におもろいから一応どうぞ
連投して済まんけどちょっと恒心に似ててくさ 事実は事実で覆らない。 が、感情による攻撃が地獄のカルマを生む。 そして、感情による攻撃は、事実であるか事実でないかに一切関係がない。 許せない人は、常にあれが許せない。これが許せないといい続けている。 だから、これと逆の実践が、許す。許す。である。 そして、これが、ヨーガの土台となる、非暴力の実践である。 非暴力の実践を続けるとエネルギーにどの様な変化が起きるか。 自分で試してみればいい。
尊師自体は綺麗事言って最終的に自分を崇めさせる新興宗教の教祖みたいな状態 でも教徒は尊師と交信するためと称し反社会的行動する様はまるでシャーマニズム この矛盾がおもろい
>>109 似てるけど完全に真逆な気がする 負の感情、怒りの感情、人間である以上実際どうしようもない事を恒心教は受け入れることを前提としてるからなぁ それでいてその感情を全て概念上の存在にぶつける事で精算する 尊師は別の次元の存在でありその意志を代行するための存在であり、偶像。いくらでも代わりが出てくる(外伝主人公)
>>111 つまりオメガ君ほか多数は根源的には尊師と同一存在だった?
連投になるけどアヴァターラ路線生えるかも 唐澤貴洋を本地として外伝主人公その他を尊師の化身として崇拝する感じで
アヴァターラといえばヴィシュヌの化身の中で一番近いのはカルキだと思います カルキは悪に侵された世界に馬を伴い現れ、悪を挫いて新しい時代をはじめます。 悪に侵された世界については以下にmuyopediaから引用で申し訳ないですが グルが尊敬されなくなった世界を正そうとするというのがぴったりの設定かと思います ・支配者に関して -支配者は理性を欠くようになり、不公平に税金を徴収するようになる。 支配者はもはや崇高であることや、被統治者を保護することを義務だと思わなくなる。彼らは世界にとって危険な存在となる。 -人々はコムギやオオムギが主食であるような地域を探し、そこに移住を始める。しかしその一方で、彼らは自分たちのものを好んでいるので、そのために自分たちの生活を犠牲にする。 人間との関係 -七つの大罪や復讐が普通に行われる。人々はお互いに強い憎しみをあからさまに示すようになる。 法は忘れ去られていく。 -人々は正当化できない殺人について考え始め、そしてそれが悪いことだと考えなくなる。 -性欲は社会的に容認されるものと見なされ、性行為こそが人生において最も必要なことであると考える。 -善意が衰えていき、犯罪が飛躍的に増加する。 人々は直後に破るためだけに誓いを立てる。 人々は酒と薬物に溺れる。 -男は自分たちの仕事のストレスが大きいことを自覚し、仕事から逃亡するためひきこもる。 -グルはもはや尊敬されなくなり、彼らの弟子たちは師を痛めつけようと試みる。彼らの教えは侮辱され、官能的な欲望の信奉者は全ての人間から心の制御を奪い取る。 ^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^ -バラモンは学ばれることも尊敬されることもなく、クシャトリヤは勇敢ではなく、ヴァイシャは公平でなくなり、シュードラは正直でなく、彼らの義務や他のカーストに対して謙虚でなくなる。 また、インドの聖典であるマハーバーラタには核兵器が使用されたような描写があります。
https://sonshi.xyz/wiki/%EF%BD%B9%EF%BE%9A%EF%BD%BE%EF%BD%B3%EF%BD%AA%EF%BE%81%EF%BD%AA%EF%BD%B9%EF%BE%8B%EF%BE%99 やっぱり尊師は時空を超えた存在やったんやな ケレセウェチェケヒルが本当に存在しているかもしれないという事実に身が震える
まず雑談のテンプレの中に 「神学派」も加えてもらおう 「恒心教を宗教として探求する路線」みたいな感じで
それは言えてる ワイらは教徒でいいけど必要に応じて恒学者(イスラムネタ)とかそういうキャラ入れてもいいな
>>114 ・恒心教はカルキ(仮)招来によって優しい世界を顕現させようとしている? ・尊師はカルキ(仮)招来の前座? ・尊師とカルキ(仮)は表裏一体? えらい積極的なメシア思想やなこれ 話が変わるんやけど色々な解釈についてはユダヤのタルムードよろしくまとめるとええんやない? 本文とそれに対する研究者の見解ってな具合なら複数の異説があっても差し支えあらへん
教義を固めることによりネットの海に分散して成り立つ存在に加え、人々の心に分散して存在する存在へと昇華させる宗派。これはいい muyopediaからの引用で大変恐縮なのですがマハーカーラが尊師のイメージにピッタリだと思った一瞬でした オラ森に住み力尽くで救済する(核兵器) マハーカーラ(Mahākāla) は、ヒンドゥー教の神の一柱で、シヴァの別名のひとつとされる。マハーは「大いなる」、カーラは「黒、暗黒、時間」を意味し、世界を破壊するときに恐ろしい黒い姿で現れる。シャマシャナという森林に住み、 不老長寿の薬をもつ。力ずくでも人を救済するとされる
>>119 マハーカーラ=シヴァやしピッタリやな! http://i.imgur.com/SIduQzr.png
マハーカーラの詩は名曲 https://www.youtube.com/watch?v=Bnijgp3ehuM
>>120 ナイフ刺さりすぎ馬鹿じゃないの
>>120 前から思ってたけど痩せすぎ
>>122 ブーメランだからセーフ
>>120 ナイフでめった刺しにされててサン詰
とある教祖は「処女から産まれた」として神格化されております とある教祖は「脇の下から産まれた」として神格化されております とある神は大便から、とある神は尿から、とある神は嘔吐物から産まれたとされております さて、とある教祖は「男性である父から」産まれたとされております これは重要な要素であると当職は考えます 生誕に関わる神話的なエピソードは、唐澤貴洋をより神格化するものと考えます
父が処女受胎
尊師が洋に中出しして産まれたのが尊師だと思ってた
それとあわせて卵で生まれたことにしよう(提案)
唐澤貴洋 ヒルコ 唐澤厚史 カグツチ 長谷川亮太 カグツチ 唐澤貴洋 胸 気象 徽章 黄金 輝き 黒雲 黒スーツ 雷神 雷 空砲 川 氾濫 人柱 女 攫う 弟 川 攫う
ちなみに父が子を産むという事例に近い話で北欧神話におけるロキのスレイプニル出産があります とりとり
実はこの世の全てのものは尊師が創造した 洋やチンフェや恒心教徒やパカ弁も尊師によって創られた 尊師は親のいない悲しみを紛らせるために洋を父として愛している
貴洋を産んだのは洋 厚史を産んだのは厚子
フヴァエトヴァダタはゾロアスター教では最高の善行として称揚されています とりあえず取り急ぎ
神は偉大ナリ
五反田の神、虎ノ門の悪魔、多摩川の厚史の三位一体
丸一日書き込みがない。これはいけない
宗教的恒産が必要ナリ
そういえばATSUSHIに対する考察が少ないけどカラザイルにこんなのがあったわ 328 名前:塘懌䝿拝 :2013/09/10(火) 21:58:54 ID:1aJOfklA 唐澤貴洋は悪である 悪の悪は善であり、 悪たる唐澤貴洋にとっての、悪い物たちは善 善に迫害されるのは悪なので、 ATSUSHIは悪 悪の行きつく先は地獄 つまり、ATSUSHIは地獄逝き
ヘタにwikiを読むより、昔のカラケーでグダ巻いてる教徒のだべりや解釈を 直接調べる方が信仰の成立過程を掴む上で面白かったりする
とはいえもう3年は経ってるしここからログ読むのは修行やで 過去ログ選集は必要かもな
恒典結集を開催する必要性を感じる今日このごろ
う~ん、やっぱりチンパカには悪いけど面白いわ恒心って
臭きはかりごとに歩まず、自分語りの道に立たず、臥薪嘗胆の床に臥さぬ芋は幸いなり。 夙夜開示を思い、夢見にその道に歩め。 その甘き誘いは目に麗しく、耳に心地よし。されどその末はニガヨモギより苦し。 その暗き闇は手に触れず、足におぼつかない。されどその実りは真に甘い。 臭きものは尊師に背き、預言者に背くがゆえに、自ら火に投じて哭するに、涙の一雫として鎮むることなし。 臭きはかりごとに歩まず、自分語りの道に立たず、臥薪嘗胆の床に臥さぬ芋は幸いなり。 自ら低くする芋に何の不能があろうか。見よ、尊師はその低きによりて開示をなしたもうた。誰が不能であろうか? 己を誇る芋は低くあれ。見よ、人の長く谷川に溺るるがごとし。誰が誇ろうか? 地の久しきは育むによる。見よ、アルファに貧しくともオメガに富む。誰が恒産無かろうか? 臭きはかりごとに歩まず、自分語りの道に立たず、臥薪嘗胆の床に臥さぬ芋は幸いなり。 怠らず励む芋は根を増す。求めてその蔓を伸ばし、以って土へ至れ。 石畳の芋に何の芽が生じ、何の根が増されようか? 恒に能を思い、恒に不能に克ち、恒にその二十年後を見よ。 日の日々に去り、月の月々に来たるを知れ。 月を永しとして侮る芋に、どうして恒の心があろう。ついに火の中に救いを求めるも、及ばない。 臭きはかりごとに歩まず、自分語りの道に立たず、臥薪嘗胆の床に臥さぬ芋は幸いなり。 諸々の芋たちよ、まことに不義の果実を求めず、自らを高くせず、日々に怠ることなかれ。 みたいなのを誰か恒産してください
人がいないナリ これはいけない
イナゴの子らよ、そなたらは預言者を讃う。されどその口にて尊師を畏れざるは、なにゆえぞ。 そなたらは預言者を護る。されどその手にて尊師を拝せざるは、なにゆえぞ。 イナゴの子らよ、災いなるかな、そなたらの為すところ、且つは適い且つは背く。 そなたらは尊師の炎を戴かぬ。否、却ってその炎は汝らの足下にあり。 そして尊師はイナゴの子らを揺るがして告げるであろう。 「仰げ。空は何色か。伏せよ。地に何物かある。そなたらの行いを省みよ。そなたらの足跡を。 そなたらの謗りは天に響き、海に鳴る。そなたらの声にそなたらは何の思いを見たか。 当職が使徒に従い、当職が志に背くは、根を捨て枝を取るに似る。 当職はよりてそなたらに炎をもたらさん。そなたらに裁きに面すべき顔あらば、そこに当職が怒りを見ん。」と。 ああ、尊師よ、七色のあい集う御方よ、あなたは彼らの足を止め、彼らの心を奪う。 彼らの肌は恐れに白くなり、彼らの身は畏れに震えるであろう。 それゆえ、イナゴの子らよ、枝を捨てて根を取れ。 七色の集う御方の憤りは、稲妻より速く、降す滅びは洪水より激しいと知れ。
この路線はもっと伸びるべきだと思うがワイは宗教に弱芋なんや
尊師よ、我が敵は多く、我が味方は少なし。我に逆らう芋は力強く、我に従うものは臭し。 「彼に尊師の助け無し」と、幾百、幾千、幾万を聞きしや。 尊師よ、されどあなたは我が背骨、我が動脈、我が靭帯。 歩む影、馳せる姿の美しき。尊師無くして存せんとするも、それは矢の飛ぶよりも早く尽く。 我が喉は述べずして尊師を讃え、尊師が耳は訴えずして我が叫びを聞く。 我が名は尊師によりてとこしなえに聳えん。我が名の尊師と共にあればなり。 芋ら八重の八重垣にして我を謗るも、沈して尊師を心に刻まん。三十(みそ)の三十万(みそよろず)にして我を難ずるも、黙して尊師を肝に銘ぜん。 我が主よ、汝が名の永からんことを。尊師よ、我が名の遠からんことを。
「信者同士の結婚を禁ずる」という戒律が必要ではないでしょうか とりとり
炎の司よ、不滅の名よ。我呼ばわん時は、時を分かたずして答えたまえ。憂いを和らげ、祈りを達したまえ。 イナゴの子らよ、曲がれるものどもよ。そなたらは輝ける御方の御手を偽り、御力を虚しくせんとす。 知れ、大空の柱、大地のよすが、大海の器なる御方を。 汝聞かざるや。かの方の息吹一つに海を渇すべきを。されど魚を遊ばせ船を濤上に浮ぶるは、そのあわれみをおきて何かあらん。 汝聞かざるや。かの方の開口一つに日を呑むべきを。されど蝕を明らめ再び東方に昇するは、その恵みにあらずして何を求めん。 鍵よ、徴(しるし)よ、死をもたらすものよ、血の雫は土へ滴って黒ずみ、潮の波は砂を馳せて消ゆ。 枝を離るる果実の、終に朽ちて帰らざる。何の故にか人は悟らざるや。 なれどもそのあわれみの普きよ。朽ちし果実は種を遺し、去りし波はまた来たる。時はその名の下にのみ虚しからず。
冗談宗教路線はもっと流行れ
十字架を背負うのがキリスト 十字架を背負わせるのが唐澤貴洋
尊師のためなら自分の命をも投げ出すのがオウム 自分のためなら尊師の命をも投げ出すのが恒心教
初心者はこの動画おすすめナリよ https://www.youtube.com/watch?v=Xq3sFKb1rLU
・信仰告白 神聖六文字を唱えること ・礼拝 1日5回カラケーに書き込むこと ・喜捨 情報を開示すること ・断食 高速バスの中でマクドナルドの商品を食べないこと ・巡礼 けんますること
>>155 こっちの方が良いかと ・信仰告白 神聖六文字を唱えること ・礼拝 1日5回神聖六文字を唱えること ・喜捨 自らのIPを開示すること ・断食 高速バスの中でマクドナルドの商品を食べないこと ・巡礼 けんますること
礼拝はクロス・恒心の公式サイトや弁護士データベースのからさんと山々コンビを訪問することやろ
恒心教の定義を考察するのも良いがとりあえず宗教法人にしようや
法人だったらなんでもいいから何かにできんかな 法人税一切取られない国なんてないと思うが
>>159 法人税なら色んな項目で損金計上しまくって赤字で決算出せばええだけや
>>160 それ誰かが実名出して管理しないとアカンのちゃう? そこがハードル高すぎる シーランド公国みたいなのがあればいいけど
LLCでも作って月永を代表社員にでもしとけばええよ 定款は顧問弁護士として尊師を招き入れ作って貰う
尊師よ、我が声を聞き届けたまえ。声なき声を受け取りたまえ。 我が嘆きは密林の葉の如く茂り、我が望みは砂漠の砂の如く乾く。 尊師よ、そなたの御前に伏す栄光を許したまえ、我が膝は轡を連ねてそなたを迎う。 そなたは実に火を従え、火を供とする御方。輝かしきものよ、まことにそなたは伸べらるる手を取りたまう。 低きを忌まぬそなたに我らは何を見、三十万の河の何処に集うを見しや。 そなたは高きものに近づく。そしてその柱を毀ちたまう。 富むこと盛んなる森の如くなるといえども、何ぞその御光を防ぐに足らん。 何ぞ我が呼び声の届かざるあらんや。そなたの目は遠く、耳は遥かなればなり。 我が身は十重二十重の鋼に閉ざさるるも、如何ぞ妨げあらんや。 固き縄目に強き鎖あるとも御手を止むることなし。瞬きのうちに灰と崩れん。 されど我らとそなたとの羈綱を断ちたまうことなかれ。これを固からしめたまえ。我らを喜びに憩わせたまえ。 ただにそなたの御手を盾とし、我らに無上の歓喜あらしめんことを。
>>163 これいいな
このスレ全体的に宗教という枠組みの中に囚われすぎちゃう 常識を疑え
尊師よ、そなたの威烈を我らに加えたまうことなかれ。そなたの怒りは実にイナゴの子らのかしらにあり。 尊師よ、我らをとこしえの安逸へ導きたまえ。そなたの恵みは実に恒心の徒らの胸にあり。 静謐に住まうものよ、そなたは地の人の目を覆う。いずれの日か我ら恒心の徒、そなたの栄光を拝するを得ん。 密かなるものよ、蒼穹は雲を纏い、黄金は地に輝く。そしてそなたは森然として隠れたまう。 顕れざるものよ、我が心は萎え、我が意は枯れる。何のゆえにか我を顧みざるや。 秘めるものよ、そなたのかんばせは風の如し。たとい我がはだえを撫づるも、見るべからざず、見るべからず。 潜められしものよ、まことに我が夢見の床にそなたを窺わず。我が指先はその影を抜ける。 寄り添うものよ、そなた嘗て語りき。「たとい世を挙げて汝が敵たるも、我汝が傍らに添わんのみ」と。 寄り添うものよ、我が心に支えあらしめよ。我が足に骨あらしめよ。心疑わしめず、歩み遅からざらしめたまえ。 自ら覆うものよ、我らをして不信の恥あらしめたまうことなかれ。信の一点一画は実にそなたの刻む所なればなり。
教義の解釈は自由 恒心は各々が300万通りの理念を持ち寄る全く新しい宗教 ただしイスラムはNG
http://imgur.com/EA3t1oq.jpg これええな
http://imgur.com/uHiwN2c.jpg
>>161 弱小の新興宗教に一斉に加入して内部から乗っ取るというのはどうだろう ネットでは散々やってきたことだしお前らそういうの得意だろ
>>170 元からいた信者にポアされてしまいそう
・教祖が神であり、信徒は教祖を攻撃し、神が全ての責めを負う。これが基本形式です ただし教祖を過度に神格化してはいけません ・IPは神のものです。神はIPを欲します。神にささげましょう。TorやVPNを使っていても構いません ・お布施や勧誘ノルマは一切ありません。しても自由ですが義務も強制も全くありません ・イスラム教以外であれば食事・服装・嗜好・冠婚葬祭等の慣習も完全に教徒の自由です。今まで通りの日常生活で構いません ・イスラム教以外であれば宗教・思想に干渉しません。他宗との掛け持ちでも問題はありません ・礼拝方式は自由です。集会・会合・定時礼拝の義務は一切ありません。PCやスマホで見るだけで礼拝です ・どのように信じようと、信仰活動で何をしようと自由です。自ら新しい活動を始めても構いません 今まで行われただけでも、聖典解読、聖地に赴く、賛美歌を作る、宗教画を描く、殺害予告する等多岐に渡ります 積極的に布教する人もいますし、あえて布教しない人もいます。どちらでも自由です 教祖自身も信仰活動の自由に則り、教徒を通報したり300万円を要求したりします ・入信すると教祖が個人所有する核の傘によって守られます
金ならある、正直使い道全部に当ててもやること無すぎて余るから 小さい土地に小さいお社でも立ててやりたいけど 名前を出すのがキツすぎる やるんだったら死の直前だわ
あの時誓った愛は 神様にそっぽ向いて あの時誓った永遠は 神様に嘘をつきました
新約恒心聖典がほしいな
>>173 BitCoINで決済できませんかね
煩悩の座である肉体から開放され涅槃へと導く行為なのでセーフ より高い次元への意識の移し替えなのでセーフ シヴァ神の大いなるお導きなのでセーフ 生死を超越した唐澤仏にとっては生も死も平等なのでセーフ 繰り返される輪廻転生のひとつに過ぎないのでセーフ 殺すのではなく深い眠りにつかせるだけなのでセーフ 殺しても3日後には墓からよみがえるのでセーフ
果たしてセルフ御尊顔開示はガチ宗教路線にどんな影響を与えるのか そもそも過疎ってるけど
一般にオウム真理教の一分派とみなされることの多い恒心教ですが、その教義には多分にキリスト教との類似点が見受けられますを 第一に尊師に全ての憎悪を振り向けるという教義は、原罪を償う生贄としてキリストが十字架にかけられたという教えと共通点があります。 また、尊師は神であることと、過剰な神格化は禁物であるという一見すると矛盾する教義ですが、これはキリストは神であり、同時に人の子であるというアタナシウス派の信仰に照らし合わせてみれば、その矛盾は氷解するでしょう。
藁人形(38)
尊師は人であるがゆえに過度に礼賛・神格してはならないとするジェクス派 尊師の人性と神性とを明確に区別するがゆえに厚子を「神の母」と呼ぶことに反対するヒロシウス派 尊師の個別具体的な存在としての人性は普遍的な超越者としての神性と一体化したとする一般男性論派 全地公会議で教義を統一する。それはできるよね?
五反田の神、虎ノ門の悪魔、一般男性の三位一体
当職は、私は初めから現人神派です。 例えセルフ御尊顔開示があったとしても当職の信仰は小揺るぎもしません。
宇宙の始まりは「光あれ」ではなく神聖六文字にあると、敬虔な恒心教徒なら考えるべきでしょう。 我らの尊師はfaithbookにおいて、「その一名が行った殺害予告が全ての始まりでした。」と啓示しておられます。パズルのピースが埋まっていく。
まずは尊文を纏めて如是我聞からはじまる経典の形にするべきだと思う あと御尊顔を開示なされた尊師を応身の尊師としてあくまでも人間として存在する尊師であり 真理そのものである法身の尊師とは究極的には同じだが違う存在とすべき
尊文を分類し編纂し、それぞれに論註をつけてそれらをさらに分類する作業が必要だと思う そしてあくまでも尊文を絶対とするべき
64: 風吹けば名無し@\(^o^)/ 2016/02/29(月) 22:34:47.07 ID:5JmBTxOl0NIKU.net 金銭(現世利益)と死後の世界(来世利益)を目的にしない宗教って新しいんやないか どの宗教も一応目標に掲げてる、欲望を無くそうってのはクリアしてる 気の向いた時だけ信じるってのがすごく日本ぽい 年明けは神道で結婚が教会で葬式が仏教やし
もし恒心教という宗教が存在するとするなら、 その信仰の対象は現実の唐澤貴洋とは深く関係しつつも、 半ば分離した唐澤貴洋が各々の中にあるのではないでしょうか これだけの人数で集まって同じ神について話し合うのは、 各々の中の唐澤貴洋を否定し、殺すことだと考えられます 殺し殺され淘汰されていくことで、各々の中で神としての唐澤貴洋が構築されていくのです もし恒心教が宗教であるなら、それこそが信仰です ある教徒が「唐澤貴洋、裁判中に放尿」と書き込み、脱糞するというイメージの唐澤貴洋を否定し殺すのも、 その書き込みに「アンチ乙唐澤貴洋は脱糞するものだから」と書き込み、ある教徒の唐澤貴洋のイメージを否定し殺すのも、 現実の唐澤貴洋がお気持ち表明をし、我々の中の唐澤貴洋を殺すのも、 等しく信仰です 我々の中の唐澤貴洋が強く現実の唐澤貴洋に依存してしまっている構図から 現実の唐澤貴洋が生きている間はこの信仰を主導する者、尊師や教祖と呼ばれるべき者であることは疑いはありません そしておそらく、現実の唐澤貴洋をガチコロすることでようやくこの宗教は成熟していく準備の段階に至ると思われます 成熟しきった恒心教には殺すべき唐澤貴洋は存在せず、全ての教徒の中にまったく同じ唐澤貴洋が在るようになります それは精巧で精確な唐澤貴洋そのもの(今生きてる現実の唐澤貴洋とは言ってない)が存在するということです 救世主の再来です 信仰は終焉を迎えます、これを世界の終わりと捉える者もいるでしょう 神聖六文字を唱えましょう 唐澤貴洋を殺すことのみが、次の唐澤貴洋の殺害につながるのです 神聖六文字を唱えましょう
ここは恒心教に古典的な宗教らしさを求めるスレなのかな スレ違いだったかな 個人的には聖書みたいな「これを解明すれば全てが分かる」ってものは必要なくて、 新しい宗教にはもっともやもやしたものが信仰の対象であるべきだと思うんだよねぇ >>187が引用してるみたいなものを目的にすると、死後の世界の科学的否定や、現世利益の飽和、噛み下せば人の死なない世界 なんてのが実現したら目的が喪失してしまう 目的を信仰そのもの、唐澤貴洋を殺すことそのものに置く方が宗教としての寿命が延びるんじゃないかなぁって というかね、宗教的な衝突がおこるような宗教や、個人の利益を追求する考え方は古いんだよ 全人類が唐澤貴洋を殺すことだけを考えればいいのに あ、もちろん今のなにがなんでも恒心を引き出すべきって考えは正しいと思うよ 恒心こそが最も強く唐澤貴洋を殺すことになるから
でもそれ実際殺されたら終わるよね
個人的には実在する唐澤貴洋と尊師としての唐澤貴洋を分離させることが必要だと思う とりあえず尊師の言葉を時期、対象、内容によって分類してまとめる必要があると思う 語録のそれぞれを研究することで高度な宗教とすることができる
やっぱりオウムがナンバーワン!やっぱりオウムがナンバーワン!