1野に咲く名無し@転載禁止[35d0a334]2025/02/12 (水) 17:34:04.503ID:24tLn5rww主 1/1 中国でも『晋書』恵帝紀光熙元年(306年)に同じような話が伝わっている。当時、社会が混乱をきわめ、ついに餓死者が出るほどであったが、当時の皇帝である晋の恵帝は、これを知って「何不食肉糜(何ぞ肉糜にくびを食?わざる)」(「なぜひき肉で作った粥を食べないのか」の意)と述べた[17][18][19]。ただし、このときの恵帝は継母である皇太后から命をねらわれている立場であり、暗愚なふりをして身を守ろうとしたのだという解釈もある[要出典]。