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古代メキシコ展行ってきた

84 レス · dat原文

面白かったからアウトプットしていく✊🥺 https://i.imgur.com/fMsYpon.jpeg
ワイも東京のいったわ 今大阪だっけ?🥺
>>2 大阪 東京→九州→大阪で終わりみたい
今から1万3000年以上前、シベリアからアメリカ大陸に渡ってきた狩猟採集民がメキシコに到達 それから数千年かけて環境に適応し、各地に農耕を基盤とした多くの民族集団を形成 古代メキシコの代表的都市である「テオティワカン」「マヤ」「アステカ」の遺物を展示 https://i.imgur.com/xM7uV4U.jpg https://i.imgur.com/WgNHwgn.jpg
ここら一帯に共通していた考え方 ・農耕と信仰 農耕するうえで欠かせない太陽や雨を始め様々な神を崇めていた 農耕と信仰目的のために人間を含め供物を捧げる ・トウモロコシ様 マヤの神話で「人間はトウモロコシから生まれた」という話がある キリストの神が土くれを練ったように、トウモロコシを練って人間を作ったらしい それほど古代メキシコにおいて重要な存在みたい ・人身供儀 「万物は神々の犠牲により存続しており、自らも他者の為に犠牲を払うべき」 例えば雨の神は雨を降らせるために自らの水差しを傾けて地上に水を落としてくれる そんな神への対価として人身供儀や放血儀礼が行われ、生贄を得るために戦争を長引かせることもあった
■テオティワカン文明(前100〜550年) https://i.imgur.com/7074VeJ.jpg メキシコ中央高原の盆地に興った文明 約25㎢の都市空間に最大10万人ほどが住んでいたが民族や言語などは不明 死者の大通りを中心にピラミッドや儀礼場などの建造物が整然と並んでいる 最盛期にはメソアメリカのほぼ全域に影響力を持った国際都市だったようだ
https://i.imgur.com/2uTS4od.jpg ・嵐の神の壁画 背負い籠と右手にトウモロコシを持つ嵐の神 テオティワカンでは中心地の周囲に住宅地が建てられた その多くが赤を中心とした多彩色の壁画で飾られ都市空間を彩っていた
学びガール
https://i.imgur.com/yQW3BdC.jpg ・嵐の神の屋根飾り テオティワカンの大半の住民が暮らしていたのは中庭をもつアパートメント式住居 これはその屋根の上部に飾られていたとみられる アステカ文明で「トラロク神」と呼ばれた嵐の神は雨と農耕を司り、テオティワカンで最も重要な神とされる
こういう壁画てなんか魅力感じるわ
https://i.imgur.com/pZhqk4U.jpg ・三足土器 テオティワカンでよくみられる土器の形 心臓を抉られた生贄と心臓を挿したナイフを手に持つ神官または戦士が描かれている グロ絵の器とか嫌だけど当時の人的には宗教画くらいの認識なのかな🥺💦
なにこれ東京でもやってたの?🥺 ぷゆも行きたかったなあ
https://i.imgur.com/iav5FYL.jpg https://i.imgur.com/E4RKWrJ.jpg ・香炉 香を焚く胴部と煙突と蓋からなる香炉 香炉の多くは住居から出土しているため祖先を祀る儀礼に用いられたと考えられる 香炉を製作する工房跡が発見されており、国家が生産を管理していたようだ これ精巧で凄いぷゆ(語彙力皆無)🥺
>>13 これ1枚目の香炉?めちゃええね😳
こんな細かいやつ生産してたとかエグいね😳
▼月のピラミッド(地図①) 正面には中小の神殿に囲まれた月の広場があり背後には聖なる山がそびえる このピラミッドは建築後約50年おきに一回り大きなものへと6回の増築が行われている 増築時には豪華な副葬品とともに生贄が捧げられていて総数は37人に及ぶ 月や水などを象徴していたと考えられる
晋さんの埴輪ってこれだっけ?🥺
https://i.imgur.com/psWmWSW.jpg ・耳飾りの女性立像 人間や動物などの生贄と一緒に見つかった副葬品のひとつ 垂れ乳だし顔がこわい🥺 神殿内の生贄には、肩に錐が刺さっているのもあり放血をしたのではないかと考えられる (放血は王や高位の神官が行う自己犠牲の儀式を示すもの)
>>17 それっぽいのは無かった 日本の埴輪みたいだね
https://i.imgur.com/YiBDcFm.jpg ・装飾品 胡坐の姿勢で見つかった生贄3体のうち中央の人物が身に着けていた装飾品 いずれもマヤ様式のもので、3人の生贄はテオティワカンの増築にあたって争ったマヤの生贄だった可能性がある 胡坐は高貴な身分の者にしか許されない姿勢で、生贄が神聖なものであったと分かる
>>19 そっか🥺💦
https://i.imgur.com/8rL8Wvn.jpg ・両面加工石器 細かな剥離によって複雑な形を作った石器のこと 上が羽毛の蛇神を示す蛇形 下が嵐の神が持つ稲妻を示すナイフ形 天体や暦に関わる生贄の供物と考えられている だいぶうんちに近いよね🥺
ぷゆも一個前のこれ行ったよ🥺
▼太陽のピラミッド(地図②) 死者の大通りに面し日没の方向を向いて建てられた高さ64mのテオティワカン最大の建物 地下にはトンネルがあり、最奥には王墓があったことから王墓の上に建てられた神殿のようだ 太陽や火を象徴し暦に関わる儀礼が行われていたと考えられる
生贄用のナイフが可愛かった記憶🥺
https://i.imgur.com/HDBDBv4.jpg ・死のディスク石彫 舌を出す頭蓋骨の周囲に放射状のモチーフがある 太陽は沈むと死んで地下世界を巡り、蘇った太陽が再び昇ってくるという考えから 西に沈んだ(死んだ)太陽を表しているらしい 死んだ太陽が舌出したり全体的にコミカルな表現が多いと感じたよ🥺
>>25 魚みたいで可愛かった🐟
https://i.imgur.com/Lc0VV9r.jpg ・火の老神石彫 頭の上に火鉢を載せ、火を焚くために用いられた石像 太陽のピラミッド頂上部にあったことから、儀式の際に使われたものっぽい こういう鉢植え欲しいぷゆ🌷🥺
▼羽毛の蛇ピラミッド(地図③) 死者の大通りの南東にある、都市の住民10万人が収容可能な大儀式場の中心にある神殿 羽毛の生えた蛇神の姿が彫られているが名前は不明 時(暦)の始まりを表すワニの姿の神(シバクトリ)をかたどった石像も並ぶ 内部からは建設時に捧げたらしい総数200体以上もの戦士の集団生贄墓が大量の副葬品とともに発見されている
戦士の生贄200人も入れて軍事力減らなかったのか気になる🥺
https://i.imgur.com/mEpVxoY.jpg https://i.imgur.com/92yqy1p.jpg ・羽毛の蛇石彫&シパクトリ神の頭飾り石彫 羽毛の蛇ピラミッドの壁面を飾った大石彫の一部 羽毛の蛇神の波打つ胴体に創造新シパクトリの頭飾りが繰り返し彫られている これは羽毛の蛇神による戴冠式を表していて、王権の正当性を主張している 王家の正当性の表現ってどこも変わらないね🥺
ワイちゃんも来週行く😳✊
https://i.imgur.com/jG6eblD.jpg 2003年にピラミッド正面の大広場からピラミッドに向けて延びる長さ103mのトンネルを発見 入口は垂直の穴で深さは15mに及ぶ 降りた先は水平にピラミッドの中心に向かい、その最奥にはおそらく王墓があったとみられる
>>32 面白いよー✊🥺 大きさとか石の滑らかさはナマで見てほしいね
https://i.imgur.com/8cHiK0t.jpg ・トランペット 巻貝の先端を切り取って吹き口とした楽器 右には投槍器を持った人物が、左にはワニに似た神が描かれる 共にマヤ様式の図像に類似しており遠隔地との交流の証拠といえる 丸い貝殻に絵を描くの難しいのにスゲー細かい
>>35 おもしろいねえ 貝とかすごい貴重品だったと思う
>>36 貝が取れるのはメソアメリカでは一部の湾岸部だけって書いてたから交易でよく取引されてたみたいだね
■マヤ文明(前1200〜1697年) マヤ地域に碑文や王墓を伴う王朝が明確に成立したのは1世紀ごろとされ、その後250年から950年ごろにかけて都市文化が開花した 熱帯低地のマヤ都市では食物の長期保存ができず、権力による経済の統制や強力な軍隊の保有は困難だった その代わり建築活動や集団祭祀による共同体の結びつきを維持することが重要な王の役割であった
https://i.imgur.com/UBT3dwb.jpg ・吹き矢を使う狩人の土器 絵文書に登場する体を黒く塗った狩りの神か、その姿を真似た人物を描いたもの マヤの人々にとって吹き矢の狩りは神話上の英雄の行為をなぞるものだった
https://i.imgur.com/XDxujJr.jpg ・鹿狩りの皿 鹿の頭飾りを被った狩人が吹き矢で狩りをする様子や、仕留めた鹿を背負って運ぶ様子 鹿の頭飾りは狩猟の際の擬態のほか、儀礼や戦争の際に支配者層が被ることもあり、何らかの象徴的な意味をもつと考えられる 左上の狩人がシカのアナルに棒入れてるぷゆ🥺 やっぱ好きなんすねぇ…
https://i.imgur.com/1o2kvoO.jpg ・貴婦人の土偶 青色のドレスをまとった高位の女性 トウモロコシに似せるため小さい頃に頭を引き延ばしていた様子が分かる このように額が平らで頭が長いのは高貴な人物の証だった ぷゆも農園主に似せるために頭つるつるだし一緒ぷゆ✨🥺✨
https://i.imgur.com/djzF1JX.jpg ・織物をする土偶 大きな耳飾りと首飾りを着けた高位の女性が機織りをしている姿 マヤ女性にとって機織りは重要な仕事であり王族や貴族の女性も紡錘車を用いて糸を紡いでいたと考えられる
▼マヤ文字 マヤ文字は表語文字と音節文字から構成される絵画的に美しく謎に満ちた文字 多くの場合まずは暦に関わる文字列が登場し、動作や紋章などの文字を綴り王と王国の歴史や宮廷の儀礼が記される 現在700程度の文字と数万通りともいわれる多様な組み合わせが解明されつつある https://i.imgur.com/a46hVJB.jpg https://i.imgur.com/Z7nRDsB.jpg ・書記の土偶と筆の柄 マヤの書記は文字の習得のほかにも天体観測やそれに基づく暦の記録、彩色土器などの美術品の制作や音楽などにも優れていたようだ 多芸すぎる
https://i.imgur.com/l3jsVfB.jpg ・金星周期と太陽暦を表す石彫 金星は太陽と月に並ぶ重要な星として崇められていた 左側が金星で右側が太陽暦の年を表しており、縦の棒が数字の5、丸が数字の1を意味する 584日の金星の周期5回分が365日の太陽暦の8年にあたることを示すと考えられる ベースは●=1、|=5、||=10と読むらしいけど絵で表現されることもあって意味わからないぷー🥺
▼交易と戦争 マヤ地域では各地で都市国家が群雄割拠し盛んな交流が行われていた 定期的な儀礼や王の即位の際には他の都市の王や貴族が訪問し、美しい彩色土器などを交換したり貢物として食糧を贈ったりした 戦争では位の高い人物を捕虜にすることが重視され、多くの場合捕虜は生贄に捧げられた
・カカオ カカオ飲料はメソアメリカの人々にとって重要な嗜好品 飲料のほか通貨に使われるなど重要な交易品であった https://i.imgur.com/gBFdSJF.jpg 猿の神を象った土器の蓋 首には猿の大好物カカオの実の装飾がある https://i.imgur.com/XHvjApS.jpg ・筒形土器 円筒形の土器に上からカカオ飲料を少しずつ垂らし泡立てて飲むことが好まれた この土器には右側の外交使節を左側の人が迎え入れる様子が描かれている カカオにちなんでバレンタイン割引があったよ🥺
https://i.imgur.com/F5p05Ib.jpg ・トニナ石彫171 中央のゴムボールを挟んで二人の王が球技をしている場面を描いた石彫 球技は娯楽であるとともに大事な儀式や外交手段だった 右がカラクムルの王で左がトニナの王で、両国の外交関係を象徴するもののようだ
>>26 ぷゆこれすき🥺
https://i.imgur.com/DDXYEmn.jpg ・捕虜かシャーマンの土偶 帯を巻いた頭飾りは神官を表し、耳に通された紙帯は捕虜を示す 首と腕の縄の表現から高位の戦争捕虜の可能性がある https://i.imgur.com/oDORlz9.jpg ・トニナ石彫153 マヤ地域南西の辺境トニナには捕虜を描いた石彫が特に多い ふんどしの部分に彫られた文字から、これはトニナの4代目王に捕らえられたカラクムル人 この土偶の表情がぷゆのお気に入り✊🥺
>>48 死んでる太陽が舌ペロしてるのユニークだよね🥺
▼パレンケ https://i.imgur.com/J0aQVSf.jpg https://i.imgur.com/zXDfAYe.jpg 古典期マヤを代表する都市のひとつで洗練された彫刻や建築と碑文を多く残した 最盛期は615〜683年のキニチ・ハナーブ・パカル王の治世 他国の侵攻を受け荒廃したパレンケの王位に12歳で就いたパカル王は、王宮をマヤ地域有数の壮麗な建造物にするなど活発な建築活動に取り組んだ 40歳代以降には戦争と外交により周辺都市への影響力を取り戻した このイシュ・ツァク・アハブって人が今回の目玉だね🥺
https://i.imgur.com/UIHAf0c.jpg ・パカル王とみられる男性頭像 碑文の神殿内で見つかる 頭頂部で髪を結わえ前方に垂らした形はトウモロコシ神の姿を真似たものと考えられる
>>40 ぷにぷに!🙋
https://i.imgur.com/NCFVBZP.jpg https://i.imgur.com/KQliK4A.jpg ・赤の女王(レイナ・ロハ) 1994年に13号神殿の中央の墓室から見つかった辰砂で覆われた女性の遺骨 王墓の特徴をもつ墓の構造とDNA鑑定の結果パカル王の妃だと推測される 棺内にはマスク、小マスク、冠、頭飾り、首飾り、胸飾り、ベルト飾り、足飾り、貝殻と像、針(紡績用)が入っていた それぞれヒスイ輝石岩や貝片などを組み合わせて作られたもの 没年50〜60歳だから当時としては長生きだったのかな🥺 見つけた時は全部バラバラだと思うけど再現した学者の根気がすごいよ🥺💦
▼チチェン・イツァ https://i.imgur.com/0jA6055.jpg 9世紀にはマヤ文明の中心はユカタン半島北部に移り、10世紀ごろにチチェン・イツァがマヤ地域で最大の都市になった この地域では地下水系とつながる大地の陥没穴は「セノーテ」とよばれ、貴重な水源かつ信仰の対象として人身供儀を含む儀礼が行われた チチェン・イツァにあるグラン・セノーテにも多くの供物が投げ込まれた
https://i.imgur.com/f6fcZz3.jpg https://i.imgur.com/D02u9HA.jpg ・投げ込まれた供物 ひとつめは鋼を討ち延ばして金メッキを加工したサンダル 実用だったかは謎で人身供儀の生贄が履いていた可能性もある ふたつめは鈴のついたペンダント マヤ地域に金属製品が現れるのは基本的に西暦800年以降で多くは輸入品だった のちに一部地域で鈴が作られるもこれほどの精巧さには及ばない
チチェン・イツァの住民の大半はマヤ人だったが、トゥーラなどメソアメリカ各地との交流を進め、各地の文化要素を取り入れたとみられる https://i.imgur.com/WNiJk2W.jpg ・モザイク円盤 戦士が腰の後ろにつけた鏡の飾り トゥーラの戦士の石像にも表現されていることから両都市のつながりを示す
https://i.imgur.com/hdCxewD.jpg ・チャクモール像 腹の上に皿状のものを持っている石像 皿に神への捧げものを置いたと解釈される チチェン・イツァとトゥーラから多く見つかり、両都市の関係性を示す チャクモール像はアステカにも受け継がれた 心臓を捧げよ!!🫀🥺
これ行った後に佐藤究のテスカトリポカ読んでめっちゃ面白かった🥺
>>50 デザインも現代のロゴっていったら通じそうなおしゃれさがある🥺
>>59 まだ読んでないから次読みたいね! テスカトリポカの展示期待してたけど骨壺1点しかなかった🥺
>>57 これおしゃれだよねぇ
■アステカ文明(1325〜1521年) https://i.imgur.com/F7NieAb.jpg 13世紀、メソアメリカ北部からメシーカ人らがメキシコ中央高原に到来 都の中心に位置する大神殿テンプロ・マヨール(地図Ⓐ)は、当時すでに消滅していたテオティワカンの建築と絵画の様式を再現した2つの神殿に挟まれている これはアステカが古典期の文明との間に神話上の関係を結ぶことで偉大な文明の守護を得るとともに、世界の継承者としての正当性を示す意図があった 虎の威を借る狐戦法で周辺部族を震え上がらせたとか 改めて思うけど信心深いねぇ🥺
>>62 わかる トルコ石、貝、サンゴ、黄鉄鉱などが使われてるらしいけど青の発色が綺麗に残ってるよね 黒いので描かれてる毛のある蛇?も可愛い🥺
https://i.imgur.com/UoGvo9c.jpg ・マスクと耳飾り テオティワカンのマスクにメシーカ人が目や歯、耳飾りをつけるなど手を加えたもの 彼らは過去の文明の遺物を掘り起こし、それらを魔術的な力をもつ聖なるものとみなし大神殿に奉納していた
https://i.imgur.com/Ltw2pzv.jpg ・テクパトル(儀礼用ナイフ)&歯状ナイフ 生贄用のチャート製ナイフ 黒曜石などで目や歯を表し擬人化したものが多くみられる 多くは使われた痕跡がなく儀礼用だった これが可愛いナイフ🥺 切れ味は悪そう
https://i.imgur.com/G7kgwiC.jpg https://i.imgur.com/PaPCgiw.jpg ・金製品 テンプロ・マヨールを中心とする都の聖域から出土したもの モチーフは豊饒を表現する巻貝、魂が宿る心臓、神々に関するものなどがある 心臓好きすぎるだろコイツら…
https://i.imgur.com/Ax4ZXGJ.jpg ・ワシの戦士像 鷲の家(地図Ⓑ)から見つかった大きな像 ワシの頭飾りを被り羽毛や鉤爪の装束を身に着けている 戦争や宗教に重要な役割を担った勇敢な軍人であるワシの戦士とみられる 勇ましく戦死して姿を変えた戦士の魂や太陽神の姿を現すという説もある 怪獣着ぐるみ着てるみたいで可愛い♡🥺
https://i.imgur.com/Z5DtbMD.jpg ・テポナストリ(木鼓) 音や振動がよく伝わるように上部や下部に銅が使われている 天然ゴムをつけたバチを用いて宗教儀礼や戦闘の場において演奏された ジャガーかな?この意匠好き
▼信仰 アステカの神々は天上界の13層と地下界の9層に住み、暦に応じて地上の万物や天体の動きを支配していたという 神々は時に多様な神格に別れたり融合して唯一の絶対神になったりすると信じられ、様々な神を祀る神殿が作られた 神々の役割に応じた儀礼が執り行われ、歌や踊り、祈りや生贄を含む供物が捧げられた
https://i.imgur.com/RJ6bdys.jpg ・チコメコアトル神の火鉢 熟したトウモロコシの女神であるチコメコアトル神を表した香炉 手にトウモロコシの穂を二重にした形の笏を握っている 最初アヘ顔ダブルピースに見えたぷゆ🥺
>>64 デフォルメ?がちょうどいいのかなあ🥺 古い感じがあまりしないよお
>>71 壁に挟まってアヘ顔ダブルピースしてる彫像にしか見えない
https://i.imgur.com/CNFLDiF.jpg ・トラロク神の壺 雨神トラロクは太陽神ウィツィロポチトリと共に大神殿に祀られ多くの祈りや生贄が捧げられた 水を貯える壺がトラロク神を象ることで雨や豊穣の願いが込められているらしい https://i.imgur.com/vXQv74t.jpg ・シウコアトル 火打石の表面に青緑色のトルコ石のモザイクや黄鉄鉱の装飾がある シウコアトルとは「火の蛇」という意味で、太陽神ウィツィロポチトリなどの神々が手にする武器だった 綺麗なモザイクうんちぷゆ!🥺💩
>>71 ちょっと晋さんに似てる
>>73 この時代から壁尻あるとかメキシコ始まってるね
https://i.imgur.com/eeyBOWr.jpg ・シペ・トテック神の頭像 シペ・トテックとは「皮を剥がれた我らが主」という意味 生贄となった人間の皮をまとう神で戦争とも関連づけられる アステカの王たちは戦争時にはこの神に扮した レザーフェイスを地で行くスタイル尊敬する…😐
>>75 晋さんが壁尻でアヘ顔晒してるってコト…!? エッッ
▼滅亡 メシーカ人は近隣の都市と同盟したり征服して現在のメキシコとグアテマラ国境にまで拡大 しかし征服された都市では人身供儀や貢納制に対する不満が高まり、スペイン人の到来で多くの都市が自主独立を取り戻す好機と捉えてスペイン人に加担 1521年以には首都が陥落しアステカ王国は滅亡した
https://i.imgur.com/iyPdR22.jpg ・メンドーサ絵文書 スペイン征服後に先住民が記録した絵文書でテノチティトラン創設の場面が描かれている 岩に生えたウチワサボテンの上にワシがとまる図像は、のちに訪れる王国の繁栄とともに太陽神ウィツィロポチトリを表している このワシは現在のメキシコ国旗にも見られる
おわり 厳しい世界観にコミカルな表現から見える残虐な一面がハピツリとかシュールギャグ?みたいで面白かったぷゆ🥺
創作意欲刺激されたから何か書きたいなあ
メキシコはまさにメメント・モリだなぁ🥺
マヤとかアステカの訳わかんなさ味があっていいよね🥴