みんな創作物を見て「面白い」って言うじゃん
そんでどこが面白かったか言語化するじゃん
その言ってることはわかるし自分でも作品の思想とか言語化してみたりするんだけど、頭ではわかるってだけで心が動かないというか
みんなまず心が動いてからそれを言語化してると思うんだけど自分の場合は頭で考えて言語化するのに必死で心の動きとかは特にないというか
頭でっかちというか
!chid
「面白い」ってどういうことなのかわからなくなっちゃった🥺
63 レス · dat原文
お前は言語化すら満足にできてねーだろって言われたらそれはその通りですと言うしかないのはそう
https://i.imgur.com/OOfciuq.gif
もう一回見たくなったら面白いってことでしょ
途中で飽きなかった、とか
頭でっかちすぎて心が動くってどういうことなのかよくわかんなくなっちゃった
>>3
スーパー安倍晋三タイムの始まりだああああああ
>>4
なるほど
じゃあ何も面白く感じないで別にいいんじゃない
手法とかアプローチが面白いと感じる事はあるけど作品そのものを総体的に面白いと思った事はないかも
つまらないということはわかるんだよな
心が動かないということだから
>>8
そういうわけにもいかない
ここで逃げたらダメな気がする
>>9
わかる気がする
今ぼくが言っているのは面白いっていうか「好き」っていう方が近いかもな
面白いっていうのは言語化できるし頭で考えて導くことができるけど好きっていうのは言語化できないし理屈じゃないっていうイメージがある
ぷゆは集中力の低下でなりやすくなったな
本当に面白いときは自分という存在を認識しない
心の動きがないんだったらそれは面白くないでいいと思う🥺
>>1にも書いてあるようにみんなまず心の中で面白いと思ってからそれを他人に伝えるためだったり自分の中で整理するためにわざわざ言語化してるわけで、だからそれは面白さそのものではなくてあくまで個々人の心の中にしか存在しない面白さを共通言語に無理やり変換してるだけというか🥺
だからなんというか結局面白さは心で感じるものであって、こんなところで文章として書き起こせるものではない気がする🥺
キモ長文ごめん🥺
そもそも「面白い」を言語化できるって前提が、極端なこと言えば勘違いだと思うけど🙄
例えばガンアクション映画があるとして、俳優のガンアクションがカッコよかった、爆発エフェクトが派手で爽快だった、って言語化があるとする
でもそれに対して、「この動作の何がカッコいいの?」「爆発が派手だとなぜ爽快に感じるの?」とか聞いて突き詰めていったら
極限的には「なんとなくそう感じるから」って結論になるしかない
つまり、論理と感覚の間には絶対に言語化し得ない断絶があるので
「面白いの言語化」ってのは、面白さって感覚の本質をくり抜いて説明してるんじゃなくて
「僕達はこういうものを面白く感じるあるよね」っていう傾向や共感の炙り出しでしかない
よって面白いの定義はどこまでいっても、「自分が面白いと感じたから面白い」でしかない
>>15
>>16
うん
わかる
よくわかる
わかった
ますますどうすればいいのかわからなくなってきたな
だからもっかい言うけどとりたてて何も面白くはないでいいんじゃない🙄
先んじて直感的に面白いって感じるプロセスがないといけないんだから
それを欠いた状態で言語化とかわちゃわちゃやろうとしても何も出てこないと思うよ
作品に人がつまらないといった時ムカッとしたらそれは面白かったってことだよ🥺
感受性を磨けばいいのか?
もっと外出て自然と触れ合ったり社会経験や人生経験を積んだり観念を育てたり
>>20
何の具体性もなく安易に安直につまらないとか面白いとか言ってる奴全般にムカつくからあんまあてにならんな
>>19
そうだなあ
残念だけどそういう結論にならざるを得ないか
元々好きだったものを観返すのは?
そんなに言語化する必要あるのかね
>>24
よーく考えてみたら今までの人生で心からこれが好きだと思ったものがないんだよね
わかるぶゆ🥺
メンタルがおかしくなるとそうなる
あと創作物って詰まる所は作り出した作者の物であってそれについてあーだこーだでんでんでんでん好きとか嫌いとかこういう展開が嫌いとか受け入れられないとか
抜かしたところで口出す権利ないしそんなのでその創作の中身そのものについて何か言うのって何か滑稽だよね🥺それで自分の現実実際が変わるとか良くなるわけじゃないし
虚しいだけ
意味が無いって思うようになる
>>27
まぁわかる
そこまでニヒリズム拗らせることはあんまないけどこれに近い心情になることはある
もう何のために創作物見てるのかわかんなくなるんだよね
>>25
傍から見たらないのかな
強迫観念みたいなもんなのかもしれない
これ「面白い」を「エッチ」に置き換えたらものすごく滑稽になるよな
その感覚は理解できる
自己分析に依存しすぎると自分の感情や好みを理論化することに過度にこだわっちゃうから結果的に感情を抑え込むことになっちゃうんやない🥺
🥺 これとってもエッチだよ
😺 ??どこがブイ?
>>33
性的倒錯って生まれつきの先天的なものなのかな
でも「○○がきっかけで性癖歪んだ」みたいなこと言う人いるよね
だとしたら性癖のみならず感受性は後天的に形成されうるものだとも言えるかもしれない
>>32
理論化とまではいかずとも「こんなものが好き」ってわかるだけでいいんだ
「なんでそんなものが好きなの?」までは分析される必要はないと思ってる
>>21
顔の表情が死んでたりすると影響あるかも
でも創作一切わからんけどスポーツ大好き競馬大好きで心が動くって人もいるしなあ
レモン食べたら酸っぱいけど
レモンを食べたときの感覚に酸っぱいという名前をつけて定義しているように、面白いの感覚も人によって定義が違う
面白い=心が動く
も正しくない
人によって定義が違うから
(レモンも辛いと感じる人がいるかもしれない)
あと感覚の説明もできない
レモン食べたことない人にレモンの酸っぱさを説明することはできない
口がキューってする感じって言っても伝わらない
>>37
逆転スペクトルの懐疑みたいな話になってきたな
でも人によって違うはずのその感覚をそれぞれが「んぱんぱ」とか「わぴわぴ」みたいに勝手な言葉で言い表すんじゃなくて「面白い」という一つの言葉で言い表せているのだからそこにはその感覚によって引き起こされる行動などにおいて共通点があるはずだ
評論家みたく語れないけど感情動かされたり
鳥肌たつような作品は面白いって思っちゃう
>>39
面白いって自体が個々や場面で愉快・楽しい・意外・好き・素晴らしいとかのニュアンスで用途が曖昧な気がするから共通点って考えるとどうなんだろうって気はする🤔
>>41
たしかに🙄
>>39
面白いは、人によって定義が違うから同じ経験しても、Aさんが面白いと言ってもBさんは面白くないということが普通に起きる
言葉は同じだがその中身に共通点はない
世間で面白いと表現されているであろう感覚を個々人が自分の感覚にあてはめて定義しているだけで中身は人によって違う
感覚に対して一般に使われている言葉と違う表現をしてもいいけど伝わらないからしないだけだと思う
個人的にレバー食べたら「んさあー」って感じるけど意味わからんだろ
でもその愉快・楽しい・意外・好き・素晴らしいとかのニュアンスの中にも共通点があるからこそ「面白い」という一つの言葉に統合されうるわけじゃないですか
そしてその共通項というのは「心がプラスの向きに動く」ということなんじゃないかなあ
>>44
そうね、幅は広いけどポジティブなワードだとは思う
>>43
ヴィトゲンシュタインって人はその「んさあー」みたいなものを「私的言語」と呼んだらしくて
曰く言語というのはその言葉を何か行動に結びつけるという実践連関において意味づけがなされるものらしい(たとえば「痛い」という言葉の意味をわかっているということは、誰かが「痛い」と言っていたら心配して駆け寄ったり救急箱を持って行ったりすることができるかで判断される)
そんで私的言語には実践連関が欠如しているからそれは言語でもなんでもない意味を持たない語であって、ただその時々で「んさあー」という感覚を定義し直しているだけらしい
それも人によって違うと思う
泣く程悲しい映画を見ても面白いと表現する人はいる(楽しいと表現する人は少ないだろうが)
泣いてても心がプラス向きに動いているかもしれないけどなあ
なんともいえんなあ
面白いのカバー範囲が広い
>>46
勉強なった
やっぱりレバー食べても口の中んさあーってならないんか
パロールで言語ゲームが成り立ってもシニフィエとかイデアは異なると思うなあ
>>47
心がプラス向きに動く涙は「感動する」と呼ぶんちゃうか
感動は面白いの中に含まれると思う
>>49
ヴィトゲンシュタインに詳しい人が来てしまった
ぷるのヴィトゲンシュタインエアプがバレる😨
結局面白いがなにかわからなくなったまま寝ることになった
面白くねえ😡
面白くない議論やからな
🪓🥺…
ピントをボヤかしたらいいと思うよ
多分記述するのが良くないんじゃないかな
>>55
なんか視野が小さくなりすぎてる感はあるわ
一つ一つの台詞の微妙なニュアンスとかにこだわったり
もっと全体の流れや構造から考えてみようかとは思ってた
>>56
こうは言ったけど思索による楽しみとして詰めるのはいいと思う
詰めた後にもっかい全体を見ると何か違うのかも?
まず、すべてを言語化できるというのが間違いなんじゃないかな🥺
そもそもたいていの創作物というものに魅力を感じていなかったりして🤔
面白いって無理にひねり出さなくてもいいのではないか🥺?
完全癖の行き過ぎというか強迫性障害なんじゃないの
面白さは必ず言語化できるものであるべきとか
そこから外れて具体性のない評価してる奴がムカつくとか
自分や相手になにかルールを敷いて窮屈にしすぎだと思う
なんか笑った思い出とかあるかな
面白さの言語化は難しい😣
考えるんじゃない
感じるんだ