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詩を詠む

29 レス · dat原文

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「雪童子」  「大岡信」
 私の家の周囲には、植木屋さんの所有する畑がところどころにある。
ある、といふより、残つてゐると言った方が正しいかもしれぬ。何しろ、東京もその郊外も、しばらく見ぬ間に、「ああ家が建つ 家が建つ 僕の家ではないけれど」と中也さんが、おどけ歌のふりをしてやけくそ歌をうたつたやうな、各戸分散核家族化が進み、いたる所に新築家屋がによきによき生まれて、土を覆ひ隠してゐるのだ。
 とりわけ植木屋さんの場合、もし家族の長にご不幸があつたりすると、相続税を払ふために土地を切り売りする可能性がある。それが宅地に化けるのもあつといふ間。そんな場合は、仕事部屋の窓の向う側にひろがる植木林も、たちまち小家屋群に変容するかもしれぬ。
自分勝手で利己的な思ひながら、時々心配になる。今のところ私の窓の外側は安泰らしく、年に二度ぐらゐ、トラクターの轟音が何日間か続き、樹木が次々に引っこ抜かれ、ひどく心配させられることもあるが、それは樹の植ゑ替へ作業で、一安心といふ程度で済んでゐる。
 窓の向うの、空地を含む植木林は、私にとつてごくささやかな眼の保養地だが、見てゐると、顔見知りの野良猫が六、七匹、二匹ずつでじゃれ合つてゐたり、別の奴ひつそり雀をねらつてゐたり、烏が我が物顔に枝々を飛び回り、尾長が美しい姿に似合はぬ濁(だ)み声を張りあげてゐたりする光景が、葉や枝を透かして見える。
 そんな景色を見ながら、私の記憶に甦つてくる一つの不思議になつかしい光景がある。
 植木林が時々大量に植ゑ替へられることは今書いた。植ゑ替への時は、一週間くらいそこが空地同然になる。目の前に何もなくなり、窓の外が急に明るくなる。
真冬、雪が降り積もるやうな珍しい日があると、そこは一日一日あるひは三日間ほど、だれ一人踏んで通る人もゐない、静寂な白い輝きそのものになる。
私にはまさしく眼の保養の時だ。
 そんな冬のある一日、私はそこに面白いものを見てしまつた。
 机からふと眼をあげ、空地との境の簡単な柵の向うの白銀世界を見やつた時、私は思はず凝視の姿勢になった。
 いつ現れたのか、一人の子供が、雪原の真中に立つてゐたのだ。厚手のジパー様の上着、足にはかなり深い長靴、頭にはふさふさと耳たぶまで覆つて垂れてゐる毛糸編みの帽子。
 男の子か女の子か、区別がつかないが、行動から見れば男の子だつたのだらう。
五、六歳と見えるその子は、じつと雪を見つめて、立つてゐたが、やをら両手を前に揃へて突き出した。あつといふ間もなく、プールのへりに立つた姿勢で、一気に見えないへりを蹴り、ザブーン、飛び込みをやつてのけたのである。
 私は思はず声をあげて笑つてしまった。
ガラス窓の内側だから、その子にはもちろん聞こえない。気もつかない。
 だあれも見てゐない静寂な植木畑の空地で、その子は何度も飛び込みをくり返し、やがてそれだけでは足りず、雪原の上に寝そべつて、はじめはゆつくり、やがて熱中して、空地の一方のはじから他方のはじまで、二、三十メートルの間をごろごろ、行つたり来たり、じつに無我の境地で、余念なく転がりはじめたのである。
 ガラス窓の内側から眺め続けながら、その子が今どんなに純粋な快感にひたつてごろごろ転がつてゐるか、私はうづくやうな思ひで感じてゐた。
 のぞき見してゐるのは妙に後ろめたいことだったが、それがほんとに後ろめたく感じられるほどに、その子は無心に、無言の快楽の叫びをあげてゐた。
それから、フツと立ちあがった。まったく何一つ起こらなかったやうに、全身で変貌し、次の瞬間、すたすたと歩いて、畑地の先の道路の方へ消えてしまつた。
まるで、幻。
 ああ、面白い見ものだつた。我にかへつて心に呟いた。
 その呟きに重なつて、「あんなふうにやれなきや駄目だなあ」といふ思ひが油然と湧いた。
「あんなふうに」といふのが一体「どんなふうに」であるのかよくわからないのだつたが、
しかし、あんなふうにやれなきや、何事によらず駄目なのだった。
「それではこっそり帰ります」 https://i.imgur.com/ZD8ZHP3.png
🙌❄🙌 🥺➰🥺