119 - 名無しさん 2023/02/11(土) 21:09:24 ID:2UD-36E30D-CF62
昨夜は一晩中そのことを考えたが、どうしてもよい知恵は浮かばなかった。今朝になっても同じであった。しかし、とにかく当面の問題として、是非とも今日のうちに、妻に行き先を知らせずに横浜へ行って雪子にあってくることが必要であった。ところが私たち夫婦は、日曜には二人で市中かもしくは近郊へ出かけるという月給取階級に通有の習慣をもっていたので、今朝、この習慣を破るについては相当な口実が必要だったのだ。しかも私は嘘をつくことはこの上なく下手で、(もっとも絶対に嘘をつかんわけではなかったが)すぐに顔の表情によって相手に嘘であることを看破されてしまうことを自分でよく意識していた。それで私はひどく困った。ところが、うまい具合に、この難関だけはひとりでに解決して、みな子の方から、今日は伯母さんのところへ久しぶりで行ってきたいと言い出したのである。しかも、帰りは六時頃になるから夕飯のしたくが少しおくれるということを、さもさも言いにくそうにことわったのであった。
私は即座に卑劣極まる決心をした。よし、その間の時間を利用して、妻には一日中留守居をしていたように見せかけて、雪子にあってこよう。五時までに帰ることにすれば時間はたっぷりある!