ハチナイ避難所な〜んて言っちゃったりなんかしちゃったりして (1001)

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421 来世はカメムシ 2023/09/17(日) 01:42:23.37 ID:Ydp1B+LS0

「女の子でも甲子園を目指せる世界にするんだ!」
翼がそう言いだしたのは、夏の甲子園が終わった頃のことだった。厳しい残暑の中で、蝉が懸命に鳴いている。
中学最後の公式戦を終えて以来、ずっと元気をなくしていた翼が久しぶりに饒舌になるのをみて、智恵も頬が上気した。
「いいね、それってすごく素敵だよ!」
「ソフトボールに転向することとか、選手を諦めてマネージャーになることも考えたけど……私はやっぱり、今までみたいに野球がしたいし、大舞台を目指して勝負したいから。そのために、できることはなんでもやってみようと思って」
翼の澄んだ瞳がきらりと輝く。智恵はトートバッグから取り出した小さなメガホンを振り上げた。
「私も手伝うよ。翼が活躍するところ、もっと見ていたいから。いつか晴れ舞台に立てるといいね」
「ありがとう! 何から始めようかな。いろいろ考えたんだけどね……」
翼は智恵の耳元に唇を寄せた。大きな野望が隠された、二人の秘密計画。智恵は穏やかに微笑みながら、翼が語る未来の話に頷いた。
それから署名を集めたり、甲子園に出たいという思いを綴った長い長い手紙を書いては、学校の先生をふくめ、考えつく限りの方々へ送ったりした。けれどいくら訴えかけたところで思いは実らず、現時点ではどうあがいたところで、女子が高校野球の大舞台・甲子園を目指すことは不可能だった。
それから数ヶ月後に翼の元には何通もの返事が返ってきたけれど、どの手紙の書き出しもすべて『誠に残念ではありますが』ではじまっていた。
最後に届いた一通の手紙を翼は何度も何度も読み返す。何度読み返したところで内容は変わらない。それでもまだどこかに希望があってほしいと信じているみたいに繰り返し文章に目を走らせる。
「……仕方ないよね。これだけやっても無理だったんだもん。もう、あきらめるよ。ともっち、たくさん手伝ってくれてありがとう」
翼は無理矢理微笑んで見せた。
「力になれなくてごめんね」
「私ががんばれるのはともっちのおかげだよ! 気持ち切り替えてこう! そろそろ進路のこと考えないとね。陸上の推薦は蹴っちゃったし、どうしようかな……」
届いた手紙をたたみ直すと、学校の机の奥に突っ込んだ。その翌日、翼は38度の熱を出して学校を休んでしまった。