202 がん患者さん 2016/09/03(土) 14:02:42.13 ID:I4vWmgfF0
PART7 株式会社インターコンシェルジュ 代表取締役CEOから皆様へ
http://ameblo.jp/inter-concierge/entry-11759781095.html
山一が廃業し、思えば、その「思考停止」から私が初めて解放されたのが、
異業界への転職という「決断」だったと思います。
当時は不況の真っただ中。
「金融以外の業務経験もないのに異業種への転職など無理」。
山一同僚のほとんどがそういう固定観念に縛られ、安易な「判断」「決断」である「同業への転職」という選択。
しかし、私は、そういう固定観念に縛られることなく、異業種だけしか転職の対象としませんでした。
幸い、私の場合は1998年1月中旬から2月の間に、先の社会貢献という観点で、
日立製作所とオリンパスに内定をもらいました。
(両社とも年齢制限が30歳までという条件でしたが、32歳の私は内定をしかも異業種で得たのです。
これこそまさに「行動力」です)
<中略>
だいぶ長くなりましたので、次回はその巨艦「日立製作所」という会社、
まさに日本の縮図のような会社を通じて見えてきた世の中について語ろうと思います。