248 - しば塾 ◆2Vesh.FSeQ 2021/10/01(金) 07:45:22.41 ID:lyUleQCv0
こうして各地にゲルマン人の王国ができますがその中でも有力となったのが
フランク王国ですフランク王国はキリスト教の正統派であるアタナシウス派を信じ
ローマ教皇とも良好な関係を築きますその後フランク王国は国王が実権を失い
宮宰が実権を握りますそして宮宰の指導のもとイスラム帝国の侵入を防ぐ
ことに成功しついに国王の座を奪い取りますそして王朝の交代後
カール大帝が国王の座に着きますそして彼の元フランク王国は最盛期を
迎えまたローマ教皇とさらにいい関係を築いたのでローマ教皇は
同じくキリスト教のトップを主張する東ローマ帝国の皇帝に対抗するために
西ローマ帝国の復活を宣言しカールを皇帝と認定します
カール大帝の死後少し経つとフランク王国は分裂し
現在のフランス、ドイツ、イタリアの原型となる国家になります
そんな中でドイツの原型となった東フランク王国は異民族である
マジャール人(のちにハンガリーを建国する)を撃退するなどのの活躍を見せ
さらにイタリアも征服しますそしてローマ教皇は東フランク王国の国王を
西ローマ帝国の皇帝と認定し以後神聖ローマ帝国と呼ばれるようになり
ヨーロッパにおける世俗権力の名目上の頂点に立ちました