81 グナマーナ正大師 2015/05/18(月) 10:46:31 ID:vraFb3lA
>>75
京成電鉄創立百周年記念企画(2) 「両ゴトー」と渡り合った男
http://bokukoui.exblog.jp/11433804/
>河野通は、五島慶太の経営する目蒲電鉄の前身となった田園都市会社、つまり高級住宅地の代名詞である田園調布を作った会社の、支配人だったのです。
>ところがここで関東大震災が起こり、これは郊外への移住を促進したので、田園都市会社や目蒲電鉄にとってはむしろ好機となったのですが、
>結局河野はトカゲのしっぽ切りに遭って田園都市会社を解雇されてしまいますが、
>かくて、五島慶太の前にその地位を追われた後藤国彦と河野通が、どこでどう出会ったのかはよく分かりません。河野も大分県出身なので、大和田同様同郷の縁であったのかも知れません。
>とにかく、河野は1929年に成田鉄道の専務となり、1937年には京成の監査役にも就任しています。
>かくて、株式持ち合いによる、後藤の京成経営権把握の要となった成田鉄道ですが、河野通は1942年、成田鉄道の社長に昇格します。
>ちなみに、やや時代が下って1950年版の『株式社債年鑑』によると(敗戦直後の資料が見つかりませんので)、京成の筆頭株主は、71,644株を有する河野通と記載されています。・・・成田鉄道の株を手に入れたのでしょうか、数的にも近いし。
>『土地の神話』には、河野が五島慶太の自伝を読みながら「こんなのは嘘だ」と洩らした、というエピソードが記載されています。五島の踏み台にされた河野は、後藤を踏み台に、五島と並ぶ大手私鉄のトップに上り詰めようとしたのです。
田園都市会社、河野通という人物がいるようだけど大分県出身と書いてあるな
田園調布・目蒲・東急・一三と親しい五島慶太・東急電鉄・コネ入社の河野典男・河野姓…パズルのピースは揃いに揃ってる
一三は広島出身だと思ってたが田園調布に移るまでの間住んでいただけで、河野通が親族だとすれば出身が大分である可能性も?
京成電鉄創立百周年記念企画(1) 幻の京成第3代社長・河野通
http://bokukoui.exblog.jp/11425977/
京成電鉄創立百周年記念企画(3) 「当分」は長かった
http://bokukoui.exblog.jp/11447508/
京成電鉄創立百周年記念企画(4) さまよえる京成
http://bokukoui.exblog.jp/11471716/
http://shashi.shibusawa.or.jp/details_nenpyo.php?sid=12080&query=%E4%BA%94%E5%B3%B6%E6%85%B6%E5%A4%AA
>大正11年(1922) 9月2日 (目黒蒲田電鉄株式会社) 会社創立。資本金参百五拾万円。取締役に緒明圭造、竹田政智、渋沢秀雄、篠原三千郎、五島慶太、河野通。監査役に市原求、石川善太郎、伊藤欣二の諸氏就任。