【強烈52歳無職ニート 高橋嘉之】株式会社インターコンシェルジュについて語るスレ【元:日立製作所部長代理(52歳・無職)】 (15)

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1 無名弁護士 2018/02/11(日) 12:15:52.64 ID:VUzmUyBz0

 
代表取締役兼CEO/教育・進学コンサルタント 高橋 嘉之(板橋区高島平3-11-5-802・52歳・無職)のプロフィール
https://archive.is/jgSh0

生年月日 1966年1月15日生まれ。埼玉県さいたま市出身。
父が転勤族だったため、小学校就学までに北九州・千葉・埼玉・東京と引越し。
小学1年時、3校の転校を経験した。(思えば、進度がまちまちだったために、この頃から勉強は??状態)

小学校2年〜小学校4年
早生まれで精神的にも体格的にも幼いタイプで、学力的も全く目立たず地味な幼少期を過ごすが、一丁前に初恋はする。
彼女は学年でも3本の指に入るくらいの優等生。この女性が将来、私の妻になると一体誰が想像したことでしょう(笑)。
旧友に数十年ぶりに会うと必ず、「なんで高橋があの○○さん(妻の旧姓)と結婚したのか?」と必ず言われます。

小学校5年
学校の成績は学年レベルでも下から5本に入るくらいの超劣等生。
とにかく机に向かうのが嫌いなタイプで、授業もチンプンカンプン。
近くの補習・進学塾に通うが、勉強というより、塾に遊びに行く感じだった。

小学校6年
今ほどではないにしろ、やはり中学受験の話が周りからちらほら聞こえてくる。
悪友Aは小学校4年までは私と似たような成績だったが、いつからか受験体制に入っていたようで、そのAから何気なく受験を勧められる。
(私や親は中学受験の知識は全くなし)
受験勉強もしたことがないのに、「最低でも海城や城北にいく」と親に言ったらしい。
塾に相談に行くが、鼻であしらわれる(笑)。

塾先生:「お子さんは偏差値40にも達していませんので、今から準備しても受けられるのは○○館くらいでしょうか?」
夏の暑さ厳しい時期に、受験の素人がのこのこと・・・。
今思えば、塾側も何で?って感じだったでしょう。
親も知らないような学校、しかもようやく塾側の口から出てきた学校で、今でも親には恥をかかせてしまったなーと懺悔です(笑)。
これ以降、我が家では私に関する中学受験の話は一切ありませんでしたが、
『中学受験』という言葉を知ってしまった親が、弟の時は意識するのはしごく当たり前のことでした。
(とりあえず、弟は、当時有名だった四谷大塚の準会員にはなれたようでしたが・・・)
尚、悪友AはW中に合格し、周りはみんながびっくりしていました。
その他、開成・麻布・慶應中等部・ラサールに進学した同級生がいました。