デリュケースレinエビケー (398)

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331 プライベートルーム (sage) 2018/11/22(木) 02:28:09.55 ID:yKeBlb0m0

「…唐澤、ATSUSHI」

思いがけずにその名を呟いた。
彼らの強い共依存の原因が親子以上に存在するとすればそれは、数十年前に自殺した唐さんの弟であり洋さんの次男のATSUSHI君以外には在り得ない。
ATSUSHI君の事は…よく知らない。
唐さんが当時の事をあまり話したがらなかったからだ。
当然、洋さんにも自殺した息子さんの事なんて聞ける訳が無い。
青春時代に弟を失って、弟のような犠牲者を作らないために弁護士を目指したとだけ大学時代の酒の席で唐さん本人の口から聞いたことがあった。
だが彼は、口を固くキツキツにして閉ざしていた筈の辛い過去の詳細を最近になってあろうことか雑誌やSNSでガバガバに開示し始めていた。
僕は焦点を天井から目の前のパソコンに移し、カタカタカチカチとマウスやキーボードを忙しなくさわさわして唐澤ATSUSHIの自殺事件について調べた、が

「ATSUSHI君の事件は、存在しない…?」

調べてもATSUSHI君に関する記事はなく、出てくるのはいつもの取り留めがなくくだらない情報やデマばかり。
けどその中で目を引いたのは、無人島に漂着した唐さんとATSUSHI君が、飢えに困窮した唐さんが生きる為に仕方なくATSUSHI君を食べたという唐さんのアイデンティティを否定する言説だった。
いつもならこんな妄言など歯牙にもかけない。
だが、思い出してしまった。

『そういえば山岡君知ってるナリか?巷では人のお肉は酸っぱいとか言われているらしいナリよ。でも本当は』
『もう、冗談でもやめてくださいよ唐さん。お酒が不味くなっちゃいますってば』
『ははは、すまんすまんナリですを』

もしこの事がほんの一部分でも本当だとしたら
それはつまり、唐さんの体内に……

『私の中にはいつも弟がいます』

そして洋さんはATSUSHI君の父親であり………血を分ける生産者
唐さんは………血を分けた兄弟
じゃあ彼らは、彼らの脱糞とは……出産とはつまり………

僕はいつのまにかその扉の前に立っていた。
無意識の勇気と好奇心、そして恐怖が僕をここへと導いた。
僕はずっと大きな勘違いをしていた。
ここはもとから普通の法律事務所なんかじゃない。
僕の現実を蝕むそれはずっとこの中にあって、今もここにあり続けていることに!
ドアノブに手をかけたとき、全身に鳥肌が立ち手が震えだした
蛮勇と畏れでは未知の恐怖を克服できるはずも無かった
無知でいる恐怖と知ってしまう事の恐怖で八方塞がりでもこのまま確かめないままなんていられるはずがないだろ
胸が締め付けられ苦しさに自分の意識が遠のき平衡感覚が失われていく
歯がガチガチと音を立てて鼻腔にあの悪臭がまとわりつきだした
そうだ
大声出してかき消せばいいんだ

「あああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!」

ガチャリと扉が開かれる
開いたのはぼくじゃない
ドアノブを握ったまま震えの止まった僕の手を、クリームパンのように肥大した手が握っていた

「山岡くん、紹介するナリ」

籠ったような熱、湿気、あの悪臭だ
それが何であるかを理解した時、僕の現実となり、僕はかんがえることをやめた。