77 エッヂの名無し 2024/11/17(日) 18:03:44.319 ID:YIDzTBKlM
長和4年(1015年)、三条天皇は13歳となった?子を藤原頼通(藤原道長の長男)に嫁がせる内意を示した[1]。
内親王と臣下との結婚において天皇が積極的に動いた前例はなく、自身の退位と敦明親王の立太子に向けて、?子と頼通の結婚により道長の勢力との関係改善を図ったと思われるが[2]、折しも頼通が重病となったことにより、この縁組は成立しなかった。
頼通は妻隆姫女王への思いに悩み、病床には隆姫の父具平親王の霊が現れて涙ながらに訴えたという[3]。