754 エッヂの名無し (L20 xlKu-6BGG) 2024/11/22(金) 19:53:59.115 ID:NF5mmpvO2
そんなこんなで自信を失いかけていたとき、実習中に落馬した際に壁に叩きつけられ、右足首を骨折。入学してわずか10日目のことでした。
骨と同時に、心も完全に折れてしまった僕は、ボストンバッグに荷物を詰め込み、松葉杖を突きながら教官の前に立ち、「辞めます」と伝えました。
その時点で、すでに何人もの同期が辞め、辞めると言った当日、もしくは翌日には迎えにきた親に連れられて帰っていく姿を見ていました。だから僕もすぐに親が迎えにきて、佐賀に帰れると思っていたのです。
しかし、なぜか校長に引き留められ、辞めさせてもらえませんでした。
ホームシック対策で、最初の1カ月は親に電話をしてはいけないルールだったので、辞めたいことを両親に手紙で伝えました。
厳しい両親だったので当然ながら、「はい、そうですか」となるはずもなく、しばらく手紙でのやりとりが続きました。
どうしても辞めたかった僕は、手紙に「辞めさせてもらえないのなら、ここで首を吊って死にます」と書いたのです。
それに対する母からの返事には、「そこで首を吊って死になさい」と書いてありました。
後から聞いた話ですが、僕にその返事を出して以降、母はまったく眠れなくなったそうです。
“もし本当に将雅が死んだら、朝になれば必ず連絡がくる。朝になっても連絡がこないということは、今日も生きているということ──”
そんなことを日々考えていた母は、目を瞑るのが怖くなったのかもしれません。ただでさえ小食なのに、さらに食事が喉を通らなくなり、夜は夜で一睡もできずに神経ばかりをすり減らす日々。
この騒動が終わったとき、母の体重は半分ほどになっていました。
今、振り返ってみても、本当に申し訳ないことをしました。それにしても、母という人は不器用な人間です。
川田のエピソードではこれが一番好き