117 エッヂの名無し 2024/12/15(日) 18:19:28.214 ID:.u5ov.udp
長和6年(1017年)18歳ごろ、母の後を継ぎ一条院の女院彰子(上東門院)に女房として出仕[* 1]。この間、藤原頼宗、藤原定頼、源朝任らと交際があったことが知られている。その後、関白・藤原道兼の次男・兼隆と結婚、一女の源良宗室をもうけた。これは『栄花物語』「楚王の夢」「大宮の紫式部が娘・越後の弁、左衛門督の子産みたる」の「左衛門督」を兼隆とする解釈である[1]。