●年の瀬に語ることが無い (1000)

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860 エッヂの名無し (L20 CHKt-4xVw) 2024/12/31(火) 16:15:18.217 ID:UF6Oa1ocb

市の玄関口となる高崎駅から、徒歩10分ほどの場所に競馬場はあった。今では大井のトップジョッキーとなった矢野貴之騎手をはじめ、JRA丸山元気騎手の父・侯彦騎手が当時所属。馬では99年の吾妻小富士賞を勝ったタマルファイターらが活躍した。高崎競馬クラブの創立は関東大震災があった1923年。以来、ほかの地方競馬と同じく自治体の自主財源として、地方財政に大きく寄与してきた。
だが、バブル崩壊後はレジャー多様化も相まって売上が大幅減少していく。増収策として、95年には中央競馬の場外発売を開始。99年には個人協賛競走の先駆けとなる協賛特別レースを実施するなど、様々な施策を打った。01年からは「北関東Hot競馬」と題して足利、宇都宮との連携も強化。南関東競馬のようにブロック制での開催としたが、いずれも打開策とはならず。累積赤字は年々増え、ついに限界に達する。04年暮れをもっての廃止が決まった。
最終日には重賞・高崎大賞典を含め、全12競走が予定されていた。しかし、netkeibaの結果ページを開いても、9レース以降の成績は出てこない。
北関東とはいえ平野の高崎市で雪が降るのは珍しいが、当日は南岸低気圧の接近で昼過ぎから激しい降雪。だんだん視界を奪い、コースを白く染め上げていった。8レースで赤見千尋騎手とファーストルーチェが勝ち名乗りを上げる頃には、辺り一面はすっかり銀世界。ファンや関係者は天に強く願ったが、雪は無情にも降り続く。開催打ち切りというまさかの形で、長き歴史は幕を閉じたのだった。
https://news.sp.netkeiba.com/?pid=news_view&no=285120

悲しいなあ
というか高崎って雪降るんか群馬は水上ってとこしか雪の話聞かんけど