【急募】バカ「ヒトラーは良い事もした!」←これ例えばなんなん? (1000)

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374 エッヂの名無し 2025/03/04(火) 20:24:13.961 ID:OBfg2Oodn

ナチス「やりすぎだろ…ジャップ…」

ジョンラーべ

1937年、日中戦争が勃発し、日本軍による南京攻略戦の際に、他の十数人の外国人と共同で組織した南京安全区国際委員会の委員長となって、中国民間人の保護に努めた。そのほか自分の所有する土地にハーケンクロイツ旗を掲げ、602人といわれる避難してきた民間人を戦禍から守ろうとした。南京陥落後は、約20万人ともされる中国人避難民が殺到した安全区(南京城内の北西部に設置された、外国人の施設や邸宅が多くある地区)の代表として、非人道的行為の防止に尽力した。
1938年2月28日、日本軍から南京より退去するよう命じられた。日本軍の侵攻によって30年間の努力を無駄にされて帰国せざるをえなかったラーべは、母国ドイツが日本・イタリアとの三国同盟を予定していることを知り、これに反対する政治活動を開始した。ベルリンその他で日本軍の残虐行為を喧伝するフィルムの上映・写真の展示を行うとともに、ヒトラーに上申書を提出し、日本軍による非人道的行為を止めさせるよう働きかけることを提言した。しかし、政府からはまったく相手にされないどころか、直後にゲシュタポによって逮捕勾留された。シーメンス社の介入によってすぐに釈放されたが、写真の類を没収されるとともに、以後公での発言を禁止された。シーメンス社はその後も彼を雇用し続け、ラーベの身の安全を確保するためアフガニスタンに一時的に転勤させた後、終戦までベルリン本社で海外出張する社員の世話をする庶務係として勤務させた。失意のラーベはこの期間に、後に『ラーベの日記』として再発見されることになる草稿を、当時の実際の日記をもとに浄書していた。