552 エッヂの名無し (L11 TAe4-6OOw) 2025/08/28(木) 00:01:35.614 ID:zoRPDwEgK
>>528
https://youtu.be/UPZV_9UJ9kM?si=b9PeXIey9ImmJezz
https://number.bunshun.jp/articles/-/852777?page=3
> 球団親会社の中日新聞は、もともと2つの新聞社が合併して設立された。愛知出身の政治家・大島宇吉が創刊した新愛知新聞と、長野生まれの小山松寿による名古屋新聞である。その複雑な生い立ちゆえ、1942年の戦時統合によって合併創刊された後も本流を奪い合う大島派と小山派の対立が続き、その派閥争いは球団の歴代監督人事にも影響を及ぼしていると囁かれていた。
星野は、とりわけ前オーナーの大島宏彦ら大島派から寵愛され、長く実権を握った。
一方で、2001年に球団社長となった西川は、現オーナーの白井文吾とともに小山派であった。星野から山田久志へと監督を交代した後に、大島派からアレルギー反応の強かった落合を次の監督に招聘したのは、星野色を一掃するためだと言われていた。
三重に生まれ、早稲田大学を出た西川は、中日新聞で記者になってからは専らバレーボールの世界に身を置いた。野球は門外漢であるゆえか、それとも大柄な身にまとった生来の大らかさゆえか、現場のことはもちろん、ドラフトや外国人選手の補強など、球団の編成に関しても全て落合に一任した。白井とともに世論から落合を擁護し、本社内に渦巻く批判からの風除けにもなった。だが、2007年に日本一になって以降は、球団の赤字経営が指摘されるようになり、西川自身に対する本社からの風当たりが強くなっていた。