8 エッヂの名無し 2025/08/28(木) 22:22:51.443 ID:cECN0DhZ9
もう一つ、重要な役割を担っているのが選手同士の交流の場だ。「チームに参加してから、生活の中で意欲的になったという声も聞きます」と話すように、体の不自由な選手同士だからこそ共感できる空間でもある。
23年の世界身体障がい者野球大会で日本代表メンバーに選ばれた土屋 来夢主将もその1人だ。都内の高校で野球部に参加していたが、1年時夏の練習後の事故で指を切断。その後に家族連れられ参加したことをきっかけに、障がい者野球にのめり込んでいった。参加当初の土屋を知る笹川代表は、当時のやり取りを回想する。
「年末最後の練習で父親に連れてこられて参加しましたが、ベンチに入ったまま一言も喋らなかったんです。これは難しいなと思いましたし、父親からのメールも悲壮感しかなかったです。私からも『やりたいと思ったら来てください』と返したのですが…」
思春期の少年に現実が重くのしかかる。ただそんな空気も年が明けるとともに一変する。
「正月休みに父親と練習したみたいで、次に練習に来た時は片手でキャッチボールできていました。元々出来る選手でしたし、運動神経もよくてすぐに上達していきました」
段々とできることが増え、おとなしかった性格もにぎやかになっていった。これには小笠原氏も「何回か顔を合わせるうちに、表情や立ち振る舞いも変わっていった」と変化を感じ取っていた。