912 エッヂの名無し (L20 wrUM-4dIM) 2025/08/30(土) 22:55:25.180 ID:x7lCpnFND
>>842
この後もテレビで偉そうなことは言うてたけどサンスポとエイトには一切書かなくなった
12日に急性呼吸不全のため亡くなったタレントで元参議院議員の大橋巨泉さん(享年82)が競馬評論家を退く原因となった論争の相手、元調教師の田村駿仁(しゅんじ)氏(83)が21日、故人を悼む言葉を寄せた。「がんを患ったと知ってからずっと心配していました。何の恨みもわだかまりもありません。むしろファンでしたから。心からご冥福をお祈りします」。
事の発端は1988年(昭63)秋の天皇賞だった。重賞もG1も一律1万円だった当時の登録料に異議を唱えていた巨泉さんは、額を引き上げることで勝負にならない馬の参加を止められると主張。
ラジオの競馬中継の中で、出走にふさわしくない馬として具体的に数頭の馬名を出した。その中に田村氏が管理したレジェンドテイオーがいた。
9番人気にもかかわらずタマモクロスの3着に入った同馬は、前年の2着に続く好走を見せたが、帰宅して批判を耳にした田村氏は翌早朝に原稿を仕上げ、ミニコミの競馬通信誌上で反論。
巨泉さんがコラムを連載していたスポーツ紙上で応戦し、泥沼の論争が続いた。しばらくして自ら論争にピリオドを打った巨泉さんは予想や提言コラム、ラジオ出演をやめ、競馬と距離を置いた。
それから10年余り後の01年8月。共通の友人だった野平祐二元騎手の葬儀の場で、両者は和解した。参院選当選直後で、田村氏が歩み寄ってお祝いを述べると、巨泉さんも手を差し出して「笑って握手した」という。
制度見直しに一石を投じた巨泉さんと、調教師のプライドを守った田村氏。競馬を愛するが故に起こったすれ違い。「よく白井の厩舎に来ていた巨泉さんとは顔見知りだったし、クイズダービーもハウマッチも好きだったのに、まさかけんかするなんてね。あんな立派な人と一時でも関わりを持ったのが競馬人としての証しだったのかな。さみしいね」と話し、訃報記事の切り抜きをじっと見つめた。【岡山俊明】