512 エッヂの名無し 2026/01/05(月) 13:08:14.271 ID:5CSbrUH8u
タイトル:『異世界交流庁・業務日誌 〜剣と魔法と残業代〜』
1.霞が関の魔導書
東京・日比谷公園の噴水広場に、直径五十メートルの巨大な『門(ゲート)』が出現してから半年。
当初のパニック、自衛隊の出動、そして異世界「アルカディア」側との劇的な講和条約締結を経て、世界は奇妙な落ち着きを取り戻していた。
「――ですから、火竜(ファイアドレイク)の都内飛行は『航空法特例・第4種』に該当するんです。高度制限を守ってくださいと言ってるでしょう!」
霞が関、旧・法務省赤れんが棟の向かいに急造されたプレハブ庁舎。
『内閣府外局・異世界交流庁』の看板を掲げるこの建物の三階、渉外課のオフィスに、中川湊(なかがわ みなと)の怒鳴り声が響いた。
電話を叩き切った湊は、深くため息をついて椅子の背もたれに沈み込んだ。
「……また竜騎士団ですか、中川補佐」
隣のデスクから声をかけてきたのは、クリスティーナ・フォン・レイガルド。
金色の髪を後ろで一つに束ね、紺色のリクルートスーツに身を包んでいるが、その背筋の伸び方は明らかにカタギではない。彼女はアルカディアから派遣された元・王宮騎士であり、現在は交換職員としてここで働いている。
「ああ。彼らは『空は自由だ』っていう概念が抜けないんだ。昨日は東京タワーの展望台に爪痕をつけたし、今日は羽田の進入路を横切ろうとした」
湊は頭を抱えた。入庁五年目、三十歳。本来なら農林水産省で穏やかに日本の食料自給率について考えているはずだったが、ゲートが開いたあの日、たまたま現場近くで避難誘導をした手際が評価され、この「魔境」へと出向させられたのだ。
「こちらの世界……『アース』の空は狭いですからね。我々の世界なら、空域侵犯はドラゴンブレスで撃ち落とされるかどうかの問題ですが、こちらは書類の嵐(ペーパーワーク)で撃ち落とされます」
「クリスさん、だいぶこっちの文化に毒されてきましたね」
「ええ。先日、コンビニの『おでん』の出汁の深みに感動しました。あれは錬金術の一種でしょう?」
クリスティーナが真顔で言うので、湊は苦笑するしかなかった。
彼女の腰には、銃刀法および廃刀令の特例許可を得た儀礼用の細剣(レイピア)が下がっている。IDカードと聖剣が共存する、それが今の東京の日常だった。
その時、オフィスのドアが勢いよく開いた。
若手職員の佐藤が、青ざめた顔で飛び込んでくる。
「か、課長補佐! 大変です! 秋葉原でトラブル発生! 『魔法汚染(マナ・コンタミネーション)』のレベル2です!」
湊は反射的に立ち上がった。
「種別は!?」
「『ゴーレムの暴走』です! フィギュアショップの在庫が……生命を得て動き出したと!」
湊とクリスティーナは顔を見合わせた。
「……行きましょう、中川補佐。私の剣(と説教)が必要なようです」
「ああ。公用車の手配を。いや、渋滞してるな。地下鉄で行くぞ!」