イラン戦争を解説するで (663)

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340 エッヂの名無し 2026/03/12(木) 23:43:48.698 ID:tiykRevnp

イラン革命の時の米大使館占拠 (1979年11月)
数千人の学生の抗議デモ群衆が米大使館の周りに集まりだして、徐々にヒートアップ
一部が大使館ゲートの鎖を切断、壁よじ登って敷地内に雪崩れ込む 大使館の警備隊も催涙ガスで応戦、その間に職員は必死に機密文書焼却
学生たちついに扉を壊して建物内に侵入 職員たちは手枷や足枷をはめられて目隠しされて連行
学生たちは目隠しされたアメリカ人職員をカメラの前に引きずり出し、世界中にその映像を発信 アメリカに徹底的な屈辱を与える
当時の最高指導者ホメイニがこの行動を全面的支持で泥沼化、450日近くこの状況が続く 毎晩ニュースで人質生活◯◯日目って報道が続く
1980年4月、救出作戦 (イーグルクロー作戦) 失敗 砂嵐によるヘリの事故で米軍兵士8人死亡
弱腰カーター政権が事実上崩壊、1980年の選挙でタカ派レーガンの48州制覇につながる (NYやCAもみんな共和党に投票)
イラン側はレーガン大統領就任式の数分後に人質全員解放 (イランイラク戦争勃発もあるが、カーター政権への最大級の嫌がらせ)