44 エッヂの名無し 2026/03/12(木) 22:37:49.996 ID:yzXhE3vZX
欧米や湾岸諸国は革命の波及を恐れてイラクを支援した。そして社会主義的な側面のあるバース党との関係が深かったソ連までもがイラクを支援していた。
侵攻当初は進撃を続けたイラク軍であったが、82年頃になると主導権はイランに移る。
イランを支援したのはシリア、北朝鮮、イスラエルなどと限定的だった。
しかし革命に対する国民の熱は冷めていなかったこと、当時イラクの3倍の人口があったことが拮抗した原因だと考えられる。
しかし双方決定打に欠ける泥沼の状態が続き、ホメイニ曰く「毒を飲むより辛い」国連安保理による白紙停戦を受け入れた。
化学兵器やミサイルも使用されたが双方得たものは無く、およそ50万から100万人もの命が失われただけだった。(※5)