285 それでも動く名無し 2022/03/22(火) 13:49:48.87 ID:c8CUkHFX0
平井弥之助(東北電力元副社長)
新潟火力発電所の建設(1957年(昭和32年))に際し、地震による地盤の液状化を予測して深さ12メートルの超大型のケーソン基礎(鉄筋コンクリート製の大型の箱舟)を作らせて火力機器をその上に設置した。1964年(昭和39年)の新潟地震のおりには地盤の液状化が10メートルに達し、その有用性が証明された[1]。
東北電力の女川原子力発電所の建設(1968年(昭和43年))に際して「海岸施設研究委員会」に参画し、貞観地震級の大津波に備えるために敷地を14.8メートルの高台に設けることを強く主張した。さらに引き波時に海底が露出する事態に備えて取水路を工夫させた[1][3]。
1年後の2012年夏、国際原子力機関(IAEA)は女川原発に調査団を派遣し、92ページの調査報告書を日本政府に提出した。その結論は、「女川原発の諸施設は「驚くほど損傷を受けていない」(the facilities of the Onagawa NPS remain “remarkably undamaged”)」(報告書15ページ)というものであった[5][6]。
東電にこの人がおらんかったのが悪い