20 来世はカメムシ 2024/01/04(木) 23:30:53.39 ID:7OAhkDd+
タイムカプセルの中に野球ボールを隠したのを、未だにずっと後悔している。あの頃のお気に入りだった、くねくね曲がる鉛筆でも入れておけばよかったのに、和香が持ち出したのはお兄ちゃんの大事な野球ボールだった。
「おとなになるまで大切にしていたいものを持ってきてね」
小学校の先生にそう言われて、和香が真っ先に思い浮かべたのはお兄ちゃんの姿だった。和香のお兄ちゃんは野球少年団に入って以来、野球の話ばかりするようになった。
(おとなになるまで大切にしていたいもの、おとなになる前になくしてしまうかもしれない)
タイムカプセルを埋める前日、和香はお兄ちゃんの野球ボールを盗んだ。野球にお兄ちゃんを取られてしまうんじゃないかと不安で胸が押しつぶされそうだった。
せめてわたしがおとなになるまで、お兄ちゃんがそばにいてくれますように。そう祈りながら、タイムカプセルに土をかぶせた。
けれど、お気に入りの野球ボールをなくしたお兄ちゃんは、和香が中学生になった今でも野球を続けている。
「5番、セカンド、鈴木君。背番号4」
和香は立ち上がった。バットを持ったお兄ちゃんが打席に入る。「打て鈴木!」「ここで頼む!」とあちこちから応援の声がかかった。ざわつく球場の中で、和香は祈るように両手を合わせた。大きな舞台、集まる視線、その肩にのしかかるチームの期待。堂々と打席に仁王立ちする、背番号4番の二塁手。高い守備力を持つだけでなく、打撃にも強いスター候補選手だ。
(あそこにいるのは、私のお兄ちゃん)