540 - 来世はカメムシ 2024/03/13(水) 00:03:48.29 ID:60REM4VT0
隴西のむみぃは無学鈍穎、平成の末年、若くして名を野球部に連ね、ついで右翼手に補せられたが、性、狷介、自分勝手なところ頗る厚く、控えに甘んずるを潔しとしなかった。
(中略)
残月の光をたよりに林中の草地を通って行った時、果して一匹の小兎が叢の中から躍り出た。
兎は、あわや夕姫(「夕+姫」、水商売女2-1-79)に躍りかかるかと見えたが、忽ち身を飜して、元の叢に隠れた。
叢の中から花守むみりさんの声で「あぶないところだった」と繰返し呟くのが聞えた。その声に夕姫は聞き憶えがあった。
驚懼の中にも、彼女は咄嗟に思いあたって、叫んだ。「その声は、我が友、宇喜多茜ではないか?」
夕姫はむみぃと同年に高校に登り、友人の少かったむみぃにとっては、まぁまぁ親しい友であった。温和な夕姫の性格が、峻峭なむみぃの性情と衝突しなかったためであろう。
叢の中からは、暫く返辞が無かった。しのび泣きかと思われる微かな声が時々洩れるばかりである。ややあって、低い声が答えた。「如何にも自分は隴西のむみぃである」と。
(中略)
茜は野球によって名を成そうと思いながら、進んで代打に就いたり、求めて新入生と交ってトンネル産卵に努めたりすることをしなかった。
かといって、又、茜はお兄ちゃんの間に伍することも潔しとしなかった。共に、我が臆病な自尊心と、尊大な羞恥心との所為である。
(中略)
兎は、既に白く光を失った月を仰いで、二声三声咆哮したかと思うと、又、元のひまわり畑に躍り入って、再びメンバー表にその姿を見なかった。