1 名前が出りゅ!出りゅよ! 2015/08/04(火) 00:54:26 ID:MgL4Xmho
「もうすぐ着くぞ」
後部座席で眠っていた僕を、ハンドルを握る父の声が起こした。
眠いまぶたをこすりながら窓の外を見ると、田んぼと山が通り過ぎていく。遠くには大きな入道雲が、太陽の光を受けて真っ白に輝いていた。
思わず窓を開け、顔を乗り出して外を見る。クーラーから吐き出される人工的な冷気に満たされた車内に、ぬるい空気が飛び込んでくる。
同時にあちらこちらの山から聞こえるセミの声も車内に飛び込む。夏のにおいと音がした。
窓から乗り出した僕の顔に風があたる。髪の毛はバサバサと音を立ててなびき、目もほとんど開けていられない。
それでも、僕はこの夏を体で感じたかった。
細めた視界の先、祖父母の家がみえてきた。
祖父母の家に着くと、祖母が用意してくれていたそうめんを食べ、スイカも食べた。
祖父母との話はまた夜することにして、腹ごしらえがすむと早速僕は外にでる。
ここでは、なにもかもが東京とは違った。
東京は憂鬱だ。いくら晴れていても空は灰色。行き交う人々は、誰もが無名の人間で、大きなうねりの中に紛れ込んでいるだけの存在に過ぎなかった。
でも、ここでは違う。空はどこまでも青色でつきささる。ここの人たちはそれぞれがそれぞれと知り合いで、無名の人などいなかった。
都会の中では征服の対象となる自然は、ここでは僕達を包み込む住処となる。
僕は一年ぶりの本当の夏にはしゃいで走り回った。5日間しかいられないのだ。無駄にしている時間など一瞬たりともないように思われ、後悔などしないように走り回った。
植物をじっくり見た。古びてぼろぼろになったバス停と待合所をじっくり見た。道端の小石をじっくり見た。
もしかしたら、東京にもそれらはあるのかもしれない。でも、それらをじっくり見る機会は、きっとここにしかない。
夢中になってはしゃぐ内に、どこか林の中に迷い込んでしまったことに気がつく。
道は見当たらない。あちこち歩いてみるが何も見つからない。
僕は困り果てて、一本の大きな木の根元に膝を抱えて座った。
「ねえ、なにしてんの?」
その時だった。僕は話しかけられた。
声のした方向を見ると、一人の男の子が立っていた。
さっきまではいなかったのにと不思議に思ったが、そんな疑問もすぐに消え、僕は彼に相談することにした。
(続く)