乳幻児 (18)

←← 掲示板一覧に戻る ← スレッド一覧に戻る

1 名前が出りゅ!出りゅよ! 2015/08/09(日) 01:04:21 ID:H1QtDJVY

『次はー新橋ー新橋ー』
アナウンスをどこか遠くに聴きながら、男はふと目をあけた。
広告が、自販機が、ホームに並ぶ人々が男の視界を緩やかに流れていく。
ぼんやりとした意識、その表面をかすめる様に窓の外が端から端へと滑っていく。
男はしばらくそれを見るともなしに眺め、またしばらくして深く息を吸った。
椅子に腰掛けて縮こまっていた節々を伸ばす様に体をゆっくりゆっくりとよじり、また逆へとゆっくりゆっくりとよじり、やがて深く息を吐いた。
深い沈黙。一定の間隔で揺れる電車のリズムが、男の体を静かに打っている。
男の周りには誰もいなかった。まるで男のまわりに厚いかべがあるように、その向こうから子供が、老人が、サラリーマンが男を遠巻きに伺っているのだ。
男はチラと目を横に向ける。一定のリズムで揺れ動く隣の車両、それに乗り込んだ無数の人々がつり革に振り回されている。
男は静かにうつむく。逆の車両には目を向けない。分かっているのだ。男はうつむいた視界、その下方、伊勢丹の紙袋に包まれたそれを見た。
それは一見、足のようだった。ただ、通常のものより、過去の男のものより遥か肥大化したそれは、男が力を入れると鈍い水音を立ててわずかに持ち上がる。合わせて、水を含んで黒くふやけた紙袋、その端がやぶれた。
途端に、周囲をえもいわれぬ臭気が包み込んでいく。男はうつむき、じっと動かない。分かっているのだ。顔をあげれば、そこには。
『次はー虎ノ門ー虎ノ門ー』
すぐに男は椅子の端にすがりつく様に立ち上がった。その鬼気迫る勢いにたじろいだのか、どこかから悲鳴が短く響く。男は比較的肥大化していない足で、重い体を引きずる様にしてホームへと開かれたドアへと向かっていく。
視界の端に、同じ車両に乗っていた女子高生のしかめ面が写り込むが、男はつとめて懸命に外へと向かっていく。