3 名前が出りゅ!出りゅよ! 2015/08/09(日) 01:07:07 ID:H1QtDJVY
その恐慌を見ながら、かえって男は落ち着いていた。彼らは何も知らないのだ。男は自分の肥大化した片足、実際はチンポであるペニスを真っ直ぐに見つめた。
男は悩み続けていた。実の息子たる臥薪嘗胆マンのために頭を下げてまわる毎日。そしてその行為が実を結び、やっと決まった就職先。
男は喜んだ。しかし知らなかった。男は喜ぶだけで、臥薪嘗胆マンがどんな境遇に置かれているかを知らなかったのだ。
ある日の夕方、男は台所に立っていた。今日は息子の好きなハンバーグにしよう、そう思ってひき肉をこねる男。ふと、物音がする。きっと、息子が帰ってきたのだ。
『おかえり!今日は、お前の好きなハンバー』
息子の喜びにほころぶ顔を思い浮かべて振り返った男の顔、その中心に唐突にバットがぶちこまれる。
『ほげええええええええええええ』
男は台所の床、かたいフローリングの床を猛烈に転がる。あまりの衝撃に倒れ伏す男、その痙攣する体を見下ろしながら、息子は静かに口にする。
『当職は無能じゃないなり!』
そうしてせきをきった様に溢れ出した息子の独白を、男のぼんやりとした意識で聞いていた。コピーも取れないのか、せっかく誘ってやったのにニヤニヤ気持ち悪い笑みをうかべているだけ、父親はすごいのにお前は。
段々と涙まじりになりながら、息子はひき肉の入ったボールをひっくり返しながら、隣に置いてあった包丁に手をかける。
そして嗚咽しながら叫んだ。
お前のせいナリ!!!
鈍い銀色が、倒れ伏した男の足、毛がうっすらと生えたふくらはぎに突き立つ。染み出した血が一瞬で脈打ちながら決壊する。ぐりぐりとひねられる刃先に合わせて、開かれた口からぱくぱくと真っ赤な断面が見え隠れする。
どうせ、何もできない。無能。何もできない、無能。すねかじり虫が。
息子は耐え切れなかったのだ。バカにされる自分に。守ってもらってきた自分に。大きくなれない自分に。そして、自分の成長を邪魔する父親に。
バカにしてきた奴らを。どうせ何もできないとバカにしてきた奴らを。すねかじりと、当職を見くびってきた奴らを見返してやる。
そうしてあてつけの様に、彼はつぶやいた。
『ガチで「すね」かじってやるナリよ』
我慢して我慢して、耐えかねた息子はついに、壊れた。
足の中を滑っていく刃先をどこか遠くに感じていた男がふと気付いた時、男の片方の足は根元からすでに無くなっていた。
調理した覚えがないのに、焦げの残ったフライパン、鍋、フライ返し。息子は、その年になって始めて調理をしたのだ。その日から、息子の顔を見ていない。それから運ばれた病院の白いベッドの上で、男は同じ間隔で落ちていく点滴のバッグを眺めながら、魂が抜けた様にぼんやりとしていた。何もせず、ただ無為に過ぎる日々。時折、息子の生活に手を出しすぎてしまったことへの後悔が頭をよぎるが、つとめて考えない様にする。