5 名前が出りゅ!出りゅよ! (sage) 2015/09/13(日) 21:12:30 ID:GqtiECQE
◆5
充実した日々がつづくころ、Yが当職と今夜秘密裡に話したいことがあると言ってきた。
断る理由は考えてみれば何もない。
指定された公園に行くと、Yは口角泡を飛ばす勢いで、畳みかけるように質問を飛ばしてきた。
普段の冷静な彼とは打って変わってひどく感情的な話しぶりであったが、よくよく話を整理してみれば当職の穴を会計士が利用している現場を目撃したらしい。
おそらく先週のことであろう。
その日会計士はYが帰ったあと、珍しく当職の穴を利用したのだ。
彼に穴を利用されるのは久々であった。
乱暴に乳房を揉まれたせいで、その後の修復に時間がかかったことを覚えている。
事実とYの話を統合してゆくうちに、彼は「忘れ物を取りに事務所に戻ってきたところ、現場を見た」ということがわかった。
なるほど唐突に性交を見ると人間はある程度混乱したり羞恥を感じたりするのだと映画で学んでいる。
……だが、それがどうしたというのだ?
当職がそう述べるとYは非常に混乱した様子で頭をかきむしった。
何かしら発言しているが、要領をまるで得ない。「ああ」とか「なぜ」といった単語の羅列である。
当職はひとまず彼が落ち着くのを待った。待つことには慣れている。
「なあ、ここから一緒に逃げよう」
1時間もしてから、Yはひどく弱弱しい声で言った。
彼は当職の両手を握ると、何度も「一緒に逃げよう」と繰り返した。
なぜ逃げるのか、どこへ逃げるのか、逃げてどうするのか、まるで考えていないことは明白である。
これが人間の俗に言う「錯乱状態」なのであろう。当職の電子回路は眼前の男の行動パターンを記録してゆく。貴重なサンプルだ。
Yは涙を流しながら、叫ぶように言う。
「逃げよう! 君にどんな事情があって、父親とそういう関係なのかはきかない。でも僕は君のことを本当に愛しているんだ!」
愛。
愛とは何か、それは未だにわからない。一種の概念としか理解できない。非常に複雑なものが絡み合った感情の正体であるとしか、書物には記されていない。
ゆえに、当職には彼の発言は理解できない。
しかし、当職の価値が何か、それは理解している。
なのでこう答えた。
「それはできないよ、Y君」
どうしてと叫ぶYに優しく、諭すように言う。
「当職とは、単なる穴だから。当職の穴を利用する人がいる限り、当職はそこにいなければならないナリ。
残念だけれど、当職には君の言う愛はわからない。
だけど、君が当職の穴を使いたければ、いつだって使ってよいナリよ」
Yががくりと膝を突き、地に伏しておうおうと泣き始めたのはそのときであった。
当職にはなぜ彼が泣くのか理解できない。いつでも穴を使ってよい、と許可したのに。
Yの嗚咽に交じって、秋風が深夜の公園を吹き抜ける。白いスラックスの生地越しに、空気がわずかに穴に触れてゆく。
ふと携帯電話がバイブレーションした。一件の新着メール。
「お前とセックスしたい」
当職もナリ。
Yを放って歩き出す。
当職とは、何か。
当職とは、単なる穴である。
‐了‐