2 名前が出りゅ!出りゅよ! (sage) 2015/09/18(金) 23:03:14 ID:crSgQIkE
2.
気圧された私が黙っていると、男は尻ポケットから一枚の名刺を取り出した。
「自己紹介が遅れましたね。当職、こういう者です」
突きつけられた紙切れはぐっしょりと汗にぬれている。名刺を直に尻ポケットにしまっていたらしい。
触りたくもないが、一応礼儀として指先で摘み取る。汗でぼやけたインクを読み取るのに少々苦労した。
「……Kさん、ですか。へえ、弁護士を」
男は相も変わらずうすら笑いを浮かべたままながらうなずく。
核宿りで同席した程度で名前など教える義理もないが、わざわざ名刺まで受け取った身だ、何もせぬのは失礼だろう。
自身の名刺を彼に渡す。
にやにやと受け取ったKであったが、私の名刺を見て不意に笑顔が消えた。
「――さん? ――さんとおっしゃるのですか?」
彼は名刺を見つめながらひどく不思議そうに私の名を読み上げる。異国の聞きなれない単語を繰り返すように、ぎこちない調子で。
「ええ、そうですが」、私は彼の反応に少々戸惑いながらこたえる。「それがどうかなさいましたか?」
Kはしばし無言で名刺と私の顔を見比べていたが、やがてその下卑た笑みを再び浮かべた。
「いやぁいやぁ、意外なものだと思いましてねぇ」
彼は尻ポケットに私の名刺を突っ込みながら続ける。
「まさか、あなたとはねぇ。そうですかそうですか、これもまた何かの縁ですかねぇ」
「……あの、どういうことでしょうか」
男はこたえない。代わりに私をじろじろと無遠慮な目で観察してくるのみである。
あまりにもこちらに対し失礼な態度だろう。
更に問いただそうと私が口を開きかけたとき、
「ねぇ――さん、あなた、重力の虹、という小説をご存知ですか」
唐突にKが尋ねてきた。
「……いえ」
出鼻をくじかれた調子で私はこたえる。
ぱちり。Kは太い指を鳴らす。
「では端的に説明しましょう。その小説の主人公というのはですね、傑作ですよ、なんとセックスするたびにV2ロケットがどこかに落ちるという設定なのです」
「へぇ」、他にしようもないので軽く相槌をうつ。
「ね、あなた」
Kが顔をこちらに寄せてくる。真夏の犬のような荒い息遣いが私の鼓膜をノックする。
「当職はね、考えているのですよ。夕核は、ひょっとしたらこういった種の現象なのではないかと」
さて、困ったなと私は思考の隅で思う。
Kの職業界隈は変わり者が多いと聞くが、どうも相当な変わり者と私は同席してしまったようだ。