3 名前が出りゅ!出りゅよ! (sage) 2015/09/18(金) 23:03:44 ID:crSgQIkE
3.
夕核はやや弱まってきている。
先ほどまではザァザァとした調子であったが、今では散発的に飛来している程度だ。もうしばらくすれば止むであろう。
この場を去っても良かったのだが、こちらににじり寄って来たKは、にやにやと笑みを浮かべ私の返答を待っている。
暫しの思考の末、私の中では礼儀を通す気持ちが勝った。仕方なしに彼の話を拾う。
「えー……その、小説の主人公が、そういう設定であると。それであなたの考えとしては、それがこの夕核と何か関係があると」
「その通りです」
話を繰りかえしただけであるのにKは大きくうなずく。
「当職はですね、この3年間というもの、個人的に夕核の観測を続けてきた。むしろ、せざるを得なかったのですね。
そうして出された仮説が、この現象は《とある男》に由来しているのではないかという言説です」
「とある男」、私は彼の強調した言葉を繰り返す。
「はい」
再びうなずいたKは愉快そうに両手をすり合わせる。うまい商談取引を契約までこぎつけたセールスマンのように。
しかし話が妙な方向へ転がり始めたな、と私は考える。核宿りのあいだの暫しの雑談にしては、妙な方向へ。
転がり始めたのはいつからであろうか。
「聡明そうなあなたのことだ。当職の言いたい事はもうおわかりでしょう?」
Kの声が私を思考から現実へと強引に引き戻す。
私は彼の話の断片を頭の中でつなぎ合わせながら口を開く。
「……つまりあなたは、夕核は、あー……そのとある男がセックスするたびに起こっているのではないかと?」
ぱちぱち。Kが大げさに手を叩く。
「大変よい推論だ。もっとも、当職の仮説は多少違いますがね。
この現象の原因は、その男にまつわる《とある行為》だと、当職は考えているのです。セックスではありません」
この男は狂っているのか?
「……あのですね、失礼を承知の上で言わせていただきますが」
私は慎重に言葉を選びながら言う。
「あまりに荒唐無稽な話ではないでしょうか。夕核の原因がひとりの男? ある行為? そんなものが関係あるとは私には思えない。
これはただの気象現象にすぎませんよ。雨や雪や雷というものと同じ、そういう気象現象だ。
現に誰もがそう考えている。ニュースキャスターだって、気象庁だってそうではありませんか」
Kは何も答えない。ただその肥えた面に薄ら笑いを浮かべてこちらを見るばかりである。
その馬鹿にするような笑みに苛立ちが募り、私は更に言葉をつなぐ。
「大体、その仮説とかいうものだって、ただのフィクションが元でしょう。これは本の中の物語ではありませんよ、現実です。
それともあなたは、何か確信が有るのですか。想像でない、何か確信が――」
「知っているのです」
私の言葉は再びぴしゃりと断ち切られる。
Kは体育座りをし、茜空を見上げながら滔々と話し始める。
「ひとつ、あなたに嘘をついてしまった。これは仮説ではありません。事実です。
当職は知っているのですよ、個人的に。その男が誰で、どういった人間で、どういった行動がおこるたびにこうなっているのかを全て」
Kが私を見る。その顔からは先ほどまでの笑みは消えている。
「非常に個人的に、知っているのです」
そのときすぐ近くに夕核が落ちた。衝撃波で焼け焦げたマーチがこちらに飛んでくる。とっさに身を伏せる。
マンチは幸いにもエントランスの上部にぶつかり、耳障りな音をたてて落ちる。外れたタイヤがなだらかな坂道を転がっていく。
体を起こすと、隣の男は微動だにしていなかった。彼は私を見て微笑む。
「大丈夫ですよ、大丈夫です。あなたは絶対に夕核の餌食なんぞにはなりません。なにせ、当職といるのですから」