核宿り・狂っているのは君のほう (14)

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4 名前が出りゅ!出りゅよ! (sage) 2015/09/18(金) 23:04:25 ID:crSgQIkE

4.

 一時は止むと思ったのに、再び核足は強まってきた。賑やかな音を立てて核が降り注ぎ、東京の街は壊滅してゆく。
 ビルのエントランスには居心地の悪い沈黙が流れる。
 浮かぶ疑問はいくつもあったが、隣の男に話しかけるのは更にためらわれた。
 こちらの気まずさなど素知らぬ風に、Kは非常にリラックスした調子で両足を投げ出し、夕暮れの空にきらめく核を眺めている。
 まるでスクリーンの中のCGでも鑑賞するかのように。全ては下らない作り物であるというように。
 私はわざとらしく腕時計に目をやり、立ち上がった。Kが意外そうにこちらを見る。
「どうされました? あなたは核宿りをしに来たのでしょう。もう行くのですか」
「ええ」、早口に答え、我ながら言い訳のようだと思いながらも付け足す――「待ち合わせの時間に遅れそうなもので」。
「そうですか、待ち合わせですか」
 男はひどくどうでもよさそうに返答する。
「アポイントメントを守るのは大切なことです。お行きなさい」 
 階段を数段降りたところで、「忘れ物ですよ」と声をかけられる。振り向くとKが缶コーヒーをこちらに差し出していた。
「まだほとんど飲まれていないではないですか。もったいない」
「……ありがとうございます」
 言いながら缶コーヒーを受け取り、もう一度階段を下りようとしたとき、声が飛んでくる。
「気になっているのですね。当職とその男の関係が」
 私は返事もできずに固まる。
 くすくす。
 背後からKの忍び笑いが聞こえる。
「いや、正直なお方だ。しかし、あなたにお話しすることはできません。当職と彼は、あまりに等しい存在なのです。あまりにも。
 ですから、話すわけにはいかない。……いえ最も、既に少し話し過ぎたかもしれませんが」

 くすくす、くすくす。

 男は笑い続ける。
 私はいよいよこの場を去りたくなり、早足で階段を駆け下りる。
 足早にオフィス街を進み、角まで来たところで振り向き、もう一度あのビルの方を見た。
 Kは立ち上がっていた。
 彼は肥えた両腕を空中にかざし、まるでそれを歓迎するかのように、夕焼けの空にきらめく核へと伸ばしていた。
 夕核は降りつづいている。スーツはもう汚染されてしまっただろう、明日にでもクリーニングに出さなければ。
 私は一息に残りのコーヒーを飲み干す。ただ苦いだけの液体は空っぽの胃の中にずん、とたまっていく。。
 空き缶を近場のゴミ箱に放り込みながら、ふと奇妙な考えに襲われる。

 本当に世界の終わりは近いのかもしれない。
 あの狂った男の言うように、この世界が終焉を迎えるのも近いのかもしれない。

「……馬鹿馬鹿しい」 
 呟き、首を振って一瞬浮かんだ考えを消すと、私は駅へと足を進めていく。
 口中の苦味がいつまでも喉の奥でねばねばと絡みつくようであった。

 -了-