8 8/10 (sage) 2016/02/14(日) 21:57:32 ID:oD9hA9Ko
2回目にそれを見たのは一週間ほどしてからだった。
外から戻った僕が事務所に入ると、Kはまたしてもコンパスを右手に握り、左手に僕の名前を刻み込んでいた。
「……なあ、K」
その行為に触れるべきか否か、かなり悩んだ末に僕は言った。
「やめないか、それ?」
「やめる」、Kは静かにこたえた。今日は僕の声が届くところに彼はいたらしい。
「何をナリか?」
「それは、だからつまり……あー……自傷行為みたいなものを、ってことだけれど」
Kはその日初めて笑った。
からころ、からころとした笑い声が事務所に響いた。
「これはそんな妙な行為じゃないナリ」
彼は傷口の上の凝固した血液をいとおしげに撫でながら言った。
「ちょっとしたおまじないみたいなものナリよ」
「おまじない?」
「これをしないとね」、Kはそっと言った。「なんだかひどく不幸なことが起こってしまうような気がするナリ」
「どんな不幸かな」
「わからない」、言うとKは軽く首を横に振った。「でもそれは、きっと悲しい世界ナリ」
会話はそこで途切れてしまった。
***
冒頭を含め、僕が彼の行為を直に目撃したのは3度だ。
実際に、彼が幾度その行為をおこない、それが彼にどういう快感を与えていたか、僕は知らない。知る由もない。
普段シャツに隠されている左腕を僕は見ないようにしていた。
――おまじない。儀式。
彼の表現する言葉は正体不明な軟体生物のように僕の頭をすり抜けてしまう。
それは彼のもつ世界を僕が共有できないからなのかもしれない。人間の精神を重ね合わせることなど、できはしない。
すべては過ぎ去り、今はもうなにもわからない。でもそれは、いくら拭っても消えないDEGITAL-TATOOのように僕の脳裏に染みついている。