2 2/3 (sage) 2016/03/13(日) 11:41:17 ID:cAEKgUDo
「――」
男がなにかつぶやく、僕には何を言ったかわからない、それは男の声が小さすぎるからかもしれない、あるいは僕が今それどころではないからかもしれない。
男は僕を見つめて微笑む、いや正確に言うならずっと微笑んでいるのだけれど、いっそう醜悪な笑みを浮かべるのだ、醜い肥えた中年男の笑みを。
そして今、手の速度があがった、男の手は僕の全体を包んだり細部を刺激したりを繰り返す、微妙な力具合が慣れた調子で僕をもてあそぶ、僕の弱点をすべて知っている指。
それまで先端に触れていただけの肥えた指は、僕をさらにどこか別の領域へ連れてゆこうとしている、その領域へは幾度も連れていかれた、今まで何度も何度も連れていかれた、そこへ再び連れて行こうとしているのだ。
はあはあ、荒い息の音がする、いったいどこのどいつだ、思ってからそれが自分の吐息だと気づく、小男はあいかわらず小さく笑いながら僕を見つめている。
ウィスキーをストレートで流しこんでいるかのように胸の奥が熱くなってくる、その熱は僕の体内をくだり僕の下腹部で血流とともに混ざり合って僕の思考を鈍らせてゆく、僕は白旗をあげる兵士の気持ちがいま少しわかる。
降参だ、ああそうだ、認めなくちゃ、認めないといけないのだ、《ひとりの男としての僕を完全に成立させるのは、この男だけなのだ》と、認めないといけないのだ。
この男がいなければ、僕はきっと永遠に「有機的」にはなれないのだ、ただの無機的なキャラクターにすぎないのだ、弁護士だとか東大卒だとか、そういう僕は無機的にすぎるのだ、結局記号にすぎないのだ、他者評価による僕には血など通っていないのだ。
情報は情報にすぎなくて、それらはどこまでも無機質で、僕の本質を示すことは永遠にない。
A、P、P、L、E、アップル、それはリンゴを表す言葉だ、だけれどもリンゴの本質など何ひとつ示してはいないのだ。
リンゴは赤い果実、手に取ると少々の重みを伝えてくる果実、かじると甘くてすっぱい果実、それこそがリンゴの本質なのだ。
Y、A、M、A、O、K、A、H、I、R、O、A、K、I、それは僕を表す言葉だが、やっぱり僕の本質など何ひとつ示してはくれないのだ。
こうやってうめき声をあげる、顔を歪ませてしまう、小男は我が意を得たといわんばかりの笑みを浮かべ、いよいよ手の速度を上げてゆく、そして僕は下着の中で膨らんだそれを破裂させる。
そう、それこそが、その瞬間だけが、僕の有機的に存在する瞬間なのだ、歪んだ生の暴発なのだ。