1 1/7 (sage) 2016/04/07(木) 20:02:54 ID:/escYxyk
夏だった。
「アイス、食べたいナリ」
デブは空調が効いていても暑いらしく、先ほどからソファに寝そべっている。だらしなく緩められた襟元から汗の浮かぶ首筋が見えた。ついでにキスマークのようなものも。ゾッとする。こんなブスでも肩書きは立派だから恋人どころか婚約者までいるのだ。僕はこの事務所に入ってから、忙しくて忙しくて恋人ができないというのに。
「アイス・・・」
「買ってきましょうか?」
デブがもう1度呟いたとき、Y岡が申し出た。こんなのを甘やかす必要なんてないよ、自分で買いに行かせたらいいんだ。そう言いたかった。
「う~ん・・・」
ちらりとY岡を見てから、僕を見る。目が合う。無能と目を合わせていると無能が移りそうで、僕は慌ててパソコンに向き直った。
「Y本くぅん、買ってきてほしいナリ。すぐでいいナリよ!」
******。舌打ちしたくなるのを必死で堪える。Y岡が心配そうにこちらを見る。
「やっぱり僕が」
「分かりました」
Y岡の言葉を遮り、僕は財布だけ握りしめて事務所を出た。
日差しがアスファルトを焼く。道行く人々はゆらゆらと揺れて、生きる屍のようだった。屍の歩く街。誰もが自分というものを隠し、暴かれることに怯え、結局自分で自分を殺す。そんな街にいる僕がいた。
どうして僕はこんなところで働いている。将来のためだ。臥薪嘗胆の日々。ふとKの言葉を思い出して、そんな自分に嫌気がさした。付き合いが長いせいで無能が染み込んでしまってるんだ、きっと。早く家に帰ってシャワーでも浴びたい。
コンビニの前には補習がどうの宿題がどうのと言いながらアイスを貪る学生たちがいた。そうか、世間はもう夏休みなのか。
自動ドアが開き、冷たい空気が触れる。ああ、生きてる。