739 がん患者さん 2016/07/20(水) 08:25:06.90 ID:ZymAplVVI
>>732
唐澤洋は仕事一筋の人間だった。
息子や妻をかえりみることなく、たまに帰ってきては酒を飲むだけだった。
そんな父に対して、唐澤貴洋は妙な恐怖感と被支配者の感覚を抱いたものである。
そこにあるコミュニケーションといえば、唐澤貴洋や息子が部屋にいると、突然やってきてアルコール混じりの説教と共に殴るだけであった。
これも唐澤貴洋にとっては酷く苦痛だった。のみならず、彼の父親への恐れに拍車をかけた。馬は臆病な生物である。後ろから駆り立てられれば意のままに走る。そのようにして、出来の悪い唐澤貴洋は彼なりに言うことを聞いていた。
だが彼の弟は違った。彼の弟は、幼い少年なりにこの横暴かつ有能な社会人の皮を被った悪魔に対して反感を覚え、拍車に対して抵抗を始めた。そんな彼に対し、酒臭い父親は相変わらず殴る回数を増やすだけであった。
これは欺瞞である、と唐澤貴洋がようやく気付いた頃にはとうに遅かった。欺瞞とは父親の欺瞞である。つまり、単なるストレスの捌け口に過ぎない、と。
殴られ続けてよく痣を作っていた兄弟だったが、回数の多い弟は痣がよく長引いた。それでもしばらく経てば消えたのである。
ところがその痣がずっと消えないことがあった。幾月経った後、彼の弟は死んだ。親に背き続けた彼は死んだ。痣は、消えていた。