1 野に咲く名無し@転載禁止 (cf581d2e) 2024/03/05 (火) 17:58:38.933 ID:d50ulMBDO主
興味あるけど日本語文献少ないから色々ガバガバだし短いけど🥺
1881年、その武力を持ってアジアに覇を唱えた大清帝国はもはや眼前に滅亡が迫っていた
1851年に発生した太平天国の乱によって2000万人以上が死亡し、続いて勃発した1860年のアロー戦争では父祖の地である外満州すら失い、「丁戊奇荒」と呼ばれる大飢饉が発生する中、東ではアジアに於いて清に次ぐ大国であった日本が躍進を続けていた。
もはや清は大改革により「起くる獅子」へとなる以外に存続の可能性は無かったのだった。
1881年6月6日、「混蛋!(クソ野郎!)」という一言と共に神輿に放たれた一発の弾丸が中華史を大きく動かす事になった。 当時の清の実権を握っていた西太后が外征中に暗殺されたのである。 思えば当然の事であろう、彼女は1000万人以上とすら言われる死者を出した大飢饉「丁戊奇荒」において、まともな対策を取ることも無く、ただ私利私欲の為にのみ税金を使い、国の改革に使う費用すら使い込んでいた。
これに喜んだのが劉銘伝、左宗棠等を筆頭とする改革をして西洋に対抗せんとする新たに清朝に勃興した勢力、洋務運動派であった
1937年6月9日 ある大都市の一角にて
街道を埋め尽くす無数の人間に中華風の建物、そして中国では珍しい外資の建物すら立ち並び、異世界のような雰囲気を醸し出していた
ここは上海
これから数万年続くであろう中華史の経済を導き、そして新たな世界首都となるべき偉大な都だ。
最初に話を切り出したのは恰幅のよく一見好々爺としか見えないーしかし洋務運動を先導し、後に清の大黒柱とも呼ばれる事となる男 左宗棠であった
左宗棠「あの魔女がたった一発で死ぬとはな?これで我々の清の改革も良く進められるだろう」
次に皮肉混じりに話したのは痩せ型の老人にして猛将にしてまたもや清の重鎮である李鴻章だった
李鴻章「そんな簡単に行くものかね? あの女は我々の最大のバックボーンだぞ 最も、我々の事は使える駒としか見てなかっただろうがな」
左宗棠「その点については安心しろ 我々の同士である奕訢様や光緒帝様は寧ろあの女が死んだ事で地位は安泰だ」
李鴻藻「つまり、ようやく本腰を上げて改革へ動ける、という事か」
しかし二人がこうして話している間にも、西洋列強の魔の手は清を蝕んでいくのであった