『1912年(大正元年)??112年前、1926年(昭和元年)??98年前』 ???? (48)

←← 掲示板一覧に戻る ← スレッド一覧に戻る

42 野に咲く名無し@転載禁止 2024/04/27 (土) 21:37:26.977 ID:DK7MKU4i8

2.続き
歴史を感じる・体験するという点で、災害や事件のその瞬間のように誰かの特別な関与に負っていないものもあれば、報道や史料館や語り部のように維持のために多大な労力が費やされているものも存在する。昨今のメディアへの写真・動画提供と同じように、史料提供も善意である場合が多く、自らの体験が善意の情報提供者によって成り立っている側面を無視するべきではない。

もちろん、メディアが発展し、普及した現代においては、直接の当事者ではないがメディアを介して事件に触れる人々が大勢存在する。オーラルヒストリーを評価するようになってきた現代史学の観点からも、この人々の歴史的体験が貶められるものではないし、貶められるべきでもない。
しかしながら、情報の提供や維持にかかっているコスト、またより関係の深い直接の当事者の存在などを閑却するのであれば、それは実は歴史的視座に立っているのではなく、瞬間的かつ一方的な消費に終わってしまっているのではないか?

2-1.戦争・災害・疫病、あるいは事故や暗殺など、注意を要する(≠許されない)場合はある。「歴史的」な解釈とは時間的に相対化する視座であり、当事者にとっては暴力的・不愉快なものとして映る場合があるからである。
2-2.とはいえ、快不快や当事者性のみで可否を判断すれば場合によっては事件の批判すらも出来なくなるので、一般常識の範囲内でどうぞ
3.当事者や歴史を伝え続ける人をちゃんと一人の人間として意識することが重要だと考える。また、自分を歴史的な文脈に位置付ける際に、徹底的に行えば回避しやすい。