51 野に咲く名無し@転載禁止 2024/06/24 (月) 00:58:54.345 ID:ncZGhd18B
序盤のつかみが弱いのは正しいので修正はかけるべきだが決してカットしてはいけない
この作品はすなわち"合理主義"の明瞭さvs"信仰"の曖昧さ、"合理主義"の視野の狭さvs"信仰"の時代と場所の垣根を超える広さが根幹となっている
明治という時代を体現するような合理的な思考で神という存在もまた合理的に捉えようとする男に対して、人間は時代や環境が変わっても神という不合理な存在に救いを求める、そしてその姿に正解はなく、認識の曖昧な迷信もまた神の顕現された証なのだと主張する狐
本物の神とは何か、そうそれは
「お前たちがそう言い、お前たちがそう信ずるならな」
ただ、信じるだけでよいのだ
神仏だからどうこう、迷信だからどうこうということはない、結局のところ名前や形に意味はない
人々が求めた形、認識した形によって顕現するのだ
曖昧なればこそ、時代を超え、場所を問わず、神は無数の形で顕現するのだ
そうして歴史は続いていくのだ
以上作品のテーマを考えれば、神に対して民衆が持っている"曖昧な認識"は極めて重要な要素であり、その信仰に対する"曖昧さ"が表現されている百姓のシーンは必要不可欠だと思われる
ただしつかみが弱い点は導入部として致命的であり改善が必要だと思われる