1 野に咲く名無し@転載禁止 (1b567abb) 2025/05/03 (土) 21:52:50.135 ID:88lzHK5Vo主
名立機雷爆発事件(なだちきらいばくはつじけん)は、1949年、新潟県西頸城郡名立町[1](現上越市名立区)に漂着した機雷の爆発によって、多くの小中学生を含む63人が死亡した事件である。
湧別機雷事故(ゆうべつきらいじこ)とは、1942年(昭和17年)5月26日、北海道紋別郡下湧別村(現在の湧別町)のポント浜に漂着した国籍不明の機雷を、爆破処理するために移動していたところ、機雷が爆発した事故である[1]。
警察官や村の警防団、見物人など112人が死亡[1]、112名が負傷した。
2 野に咲く名無し@転載禁止 2025/05/03 (土) 22:21:42.721 ID:FAf8R5Q5W
これって立地的に北朝鮮とかソ連のやつなのかな
3 野に咲く名無し@転載禁止 2025/05/03 (土) 22:47:55.932 ID:88lzHK5Vo主
どっちもはっきりとはわからないみたいね
日本のかソ連かアメリカか
4 野に咲く名無し@転載禁止 2025/05/03 (土) 22:54:48.309 ID:Ux7Ko5U51
どのくらいの距離で見物してたんだろ
5 野に咲く名無し@転載禁止 2025/05/03 (土) 23:38:22.595 ID:b8tTel6a0
機雷処理に100人単位の見物人って意味がわからんのやけど🥺
6 野に咲く名無し@転載禁止 2025/05/03 (土) 23:51:47.596 ID:88lzHK5Vo主
>>5
戦時中だから機雷の威力を知らせるためプロパガンダの目的もあって広く通達してたみたい千人単位で人が集まってきてたとか
7 野に咲く名無し@転載禁止 2025/05/03 (土) 23:55:34.277 ID:88lzHK5Vo主
ところが機雷を波打ち際から砂丘まで移動させた午前11時26分、警防団が取り囲む中、機雷が突如として大爆発した。移動作業に関わりながらも奇蹟的に生還した者は「青白い閃光と共に爆風で吹き倒され、様々なものが落ちてきた。ようやく気が付いて立ち上がってみると、体の上には土塊や人間の体の一部分が散乱していた。よろめきつつ逃げるまわりには、黒焦げの肉片が一面に散らばっていた」と語っている。
この爆発では、106人が即死した。爆心地には直径10 m、深さ3 mの大穴があき、半径50 m以内には原型をとどめない遺体、粉砕された部位が散乱。浜辺のハマナスは鮮血と肉片が飛び散り、慄然たる様相を呈していたという。さらにその後、重傷者のうち6人が容体の悪化で死亡した。
地獄絵図すぎる
8 野に咲く名無し@転載禁止 2025/05/04 (日) 00:00:09.938 ID:uJlmBfNti
この人どうやって生き延びたの…🥺