1 野に咲く名無し@転載禁止 (02f80ee6) 2025/08/24 (日) 23:38:13.150 ID:Uts8O9ykE主
ライブハウスでの練習を終え、結束バンドの四人はとぼとぼと夜道を歩いていた。今日の練習も後藤ひとりはその実力を発揮しきれず、しかし、楽器を持てば饒舌になるその奇妙なカリスマ性に、他の三人は呆れと期待の入り混じった視線を送っていた。
「今日のひとりちゃん、最後のソロ、すっごく良かったよ!」
伊地知虹夏が明るく声をかける。その隣で喜多郁代も「ええ!本当にかっこよかったわ、後藤さん!」と満面の笑みで同意する。山田リョウは無言で頷き、ぼっちの肩をぽんと叩いた。
「あ…う…あ、ありがとうございます…」
俯き、蚊の鳴くような声で返事をするぼっち。称賛の言葉が心地よい反面、その光に焼かれてしまいそうな感覚に陥る。そんな自己完結した思考の渦中にいた、その時だった。
人通りの少ない裏路地に差し掛かった瞬間、不意に前後から複数の人影が現れ、四人の行く手を塞いだ。背格好からして屈強な男たちで、その目は明らかに獲物を定める光を宿していた。
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「な、なによ、あなたたち…」
虹夏が警戒心を露わに一歩前に出るが、その声はわずかに震えている。喜多は悲鳴を上げそうになる口元を必死に押さえ、リョウは冷静を装いながらも、じりじりと後ずさった。
そして、後藤ひとりは――。
彼女の思考は、すでに常人の理解を超えた速度で回転していた。(え、何これ、怖い怖い怖い!絶対ヤバい人たちだ!からまれる?誘拐?私みたいなゴミ虫に何の用が?でも、ギターは…ギターだけはダメ…!)
男たちの一人が、ニヤリと笑って一歩踏み出した。その瞬間。
「ああああああああああああああああああああ!!!」
突如、ぼっちは喉が張り裂けんばかりの奇声を発した。それは悲鳴というよりも、野生動物が発する威嚇と恐怖の咆哮に近い。虹夏も喜多もリョウも、そして屈強な男たちまでもが、その異様な声に一瞬怯んだ。
そのコンマ数秒の隙を、ぼっちの生存本能は見逃さなかった。
彼女は文字通り、弾丸のような勢いで踵を返し、来た道を全力で疾走した。日頃の引きこもり生活からは想像もつかない、驚異的なスピードだった。背後で「あ、おい!」「ひとりちゃん!?」という仲間たちの声が聞こえた気がしたが、恐怖に支配された彼女の耳には届かない。脳裏に浮かぶのはただ一つ、「逃げろ」という命令のみ。
あっけにとられていた男たちも、すぐに我に返って舌打ちする。
「チッ、一匹逃げやがった…まあいい、残りの奴らで我慢するか」
そうして、裏路地には絶望する三人の声だけが、虚しく響いた。