学習スレの発端はやっぱこれでしょ
世界史学習スレ inバリュケー
519 レス · dat原文
デカン
しば塾師らといった方々はここにいらっしゃることを切に望む
は→が
でした
変換ミス 当職 確認能力 唐澤
しば塾来てくれー
なぜアメリカ人はメイフラワー号を神聖視しているのでふか?
しば塾師ではないでふが回答させていただきまふ
メイフラワー号はイギリスでジェームズ1世が行った国教会以外のキリスト教(カトリック・プロテスタント)の迫害から逃れる為に造られ、乗員は北アメリカに行きました
彼らはプリマス(今のマサチューセッツ州)に移り住み、メイフラワー契約に基づいて独自の自治体(植民地としての)を建設しました
始めは疫病に苦しむなど困難があったものの、やがて彼らは宗教的に自立した1つの社会を作り上げることに成功しました
そうして彼らは「ピルグリム=ファーザーズ」と呼ばれ尊敬される的となり、メイフラワー号はピルクリム=ファーザーズを象徴するものとして神聖視されるようになりました
最後に余談でふが、彼らはニューイングランドと呼ばれる他地区の発展にも大きく貢献していまふ
後にアメリカ独立戦争の勝利に繋がったのも彼らが北アメリカを発展させたというのが大きいかと(=アメリカ建国の原点)
それも元を辿ればメイフラワー号というわけでふ
ニヒケー前スレ
世界史学習スレ
https://inter-concierge.net/test/read.cgi/inamura/1611193966/
なぜイヴァン雷帝は7回も結婚したのでふか?
満州は日露米の列強3国に狙われてましたがあそこにはどのような地理的メリットがあるのですか?
鉄道利権がどうのこうのとだけは聞きましたが
>>7
ロシア正教会でふと3回までの結婚が許されていまふ
それを守らなかったとなると女たらしだったのか極度の亭主関白に恐れて女性が逃げたのか、前カノが病死して仕方なく次を探したのか、はたまたイヴァンがポアしちゃったのか
複雑な事情がありそうでふがこれ以上は何とも
>>8
当職から何か書こうとしましたが知恵袋の方が明らかに詳しかったのでとりとり
https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q14146823629?fr=sc_scdd&__ysp=5rqA5beeIOOBqeOCk%2BOBquWcn%2BWcsA%3D%3D
高橋嘉之CEOに教えてもらったのですがカエサルが初代ローマ皇帝に即位したってガチなのですか?
https://archive.vn/vfsVy
第二次ポエニ戦争におけるシラクサ包囲戦について詳しい文献はあるでしょうか?
>>10
「即位」「戴冠」に焦点を絞ったりしたらアウトになりますね
大帝国のトップとして皇帝同然のポジションにいたとかユリウスクラウディウス朝の始祖というような点ではセーフではありますが
でも大学受験から逃亡した自称CEOはオクタヴィアヌスと混同してる可能性は十分あります
確かにロシアのツァーリやドイツ語カイザーなど皇帝を指す言葉はカエサルに由来するします
バリウン第一王朝について教えてほしいなりを
>>11
京大の論文でふ
詳しく見ていないので違ったらすみません
https://repository.kulib.kyoto-u.ac.jp/dspace/bitstream/2433/240198/1/shirin_094_4_611.pdf
>>13
シチ・シチパ大王が自己破産したので滅びました
>>14
???ビザンツ帝国だからちがくね?
>>15
高島平のバリウン朝なのであっているナリを
第二次ポエニ戦争は紀元前3世紀なのでビザンツ帝国のシラクサ包囲戦とは1000年近く離れていまふね
1453年にビザンツ帝国はオスマン帝国の攻撃によってコンスタンティノープルが陥落させられ崩壊しました
コンスタンティノープルは地中海エリアの利権を握るためにオスマン帝国はどうしてもほしかったからでふ
1000年以上続いたビザンツ帝国の崩壊の影響は凄まじく、ヨーロッパとアジアとの架け橋が失われ、商人は交易相手を大西洋側へと変更することになりました(後の大航海時代へ繋がりまふ)
あとコンスタンティノープルにいた知識人や芸術家は西欧諸国に亡命したので新たな文化が入ってきました(これがルネサンスに大きく貢献しまふ)
つまりビザンツ帝国の滅亡はただ国家一つがオワコンになっただけではなく、近世という新たな時代が創造される1つの大きなきっかけになったという非常に重要な出来事なのでふ
ドイツではナチス式の敬礼をしただけで逮捕されるようですが
ネオナチという組織が長期に渡って活動を続けていたり
帰ってきたヒトラーが撮影・上映できたことを顧みるに結構ガバガバなんですかね?
(名前借りてるだけだからセーフ 崇拝してるわけではないからセーフ 批判目的だからセーフと言った具合に)
帰ってきたヒトラーもヒトラー 最期の12日間もヒトラーを賛美しているところはないかと議論になったなどその手の問題から無縁であったわけではないです
問題の敬礼も元を正せばローマ式なんですけどね
結局>>11に対して>>14のビザンツ帝国を出した理由がわからないのでふがひろゆきさんお答えください
デバンツ帝国の超神バンツーデに勝る者なし
ナポレオンがロシアに勝利していれば、ナポレオン王朝が勃興していたでしょうか?
可能性はあるかと思いまふ
ロシアを取って対仏路線を敷いているイギリス&スウェーデンに圧をかけたかったようでふが、残念ながらロシアの極寒には勝てず失脚したようで
ちなみにヒトラーも対ソの一環としてロシアに侵攻しましたがロシアの厳しい気候には抗えなかったようでふ
>>23
難しかったと思います、当時のフランスはご存知の通りイギリスと対立していて大陸封鎖を行なっていましたが産業革命を先行していたイギリスの工業力をフランスの
工業力が補えきれずロシアに限らず多くの国の反発を呼んでしまったことやフランス自身イギリスからの工業製品が入って来ずに経済的に大打撃を受けたのに対し、イギリスは最初の数年間こそ厳しかったですがすぐにラテンアメリカに新たな市場を開拓したことで
最終的にあまり大きなダメージを受けず、むしろフランスと他の地域の貿易を妨害する逆封鎖を行いフランスの経済は大きな打撃を受けてしまいました。
つまりたとえロシアに勝ったとしてもフランスの経済はボロボロになったままであり
さらに他のヨーロッパ諸国も離反してしまうことは間違いないのでその場凌ぎにしかならず経済力も工業力も勝るイギリスに敗北していたと思います
イギリスはフランス革命が自国に波及するのを恐れていたので、もしも勝利すればナポレオンを潰していたことに変わりはないでしょうから結局ナポレオンが失脚したのは変わらなかったでしょう。軍事力だけで戦に勝つことはできないのです。
>>26-27
お元気そうで何よりでふ
今後もよろしくお
仮にロシアに勝ってでもいればナポレオンは王朝は名乗れたかもしれませんがその際はイギリスは黙っていないでしょうね
早急に潰しにかかる未来が見える見える
正直当時のヨーロッパからすればナポレオンは腫れ物同然だったのでロシア遠征で自爆してくれてサンキューと対仏路線を敷いている国々(特にイギリス・プロイセン)は思っていたかもしれないでふね
フランス革命の余波がイギリスまで及ぶことをひどく恐れたのでしょうね
>>18
質問なのですが、コンスタンティノープルが陥落した後オスマン帝国はこの都市をイスタンブールとして整備したことや地中海交易はむしろ盛んになっていますがそこら辺はどう思いますか?
私も大航海時代のきっかけにオスマン帝国の強大化があることは同意しますが氏の言うようにオスマン帝国の出現でヨーロッパとアジアの架け橋が失われたような話を聞いたことがないのでよければ何か参考となる資料を教えてくれませんか?
どこの国も「国史」の教科書の始まりは旧石器新石器とか考古学的考証から始まるのでふか?
>>29
そういえば乙女戦争シリーズで15世紀ハンガリーとオスマン帝国が戦争するときもあれば停戦期に戦法交流するシーンもありましたね
>>30
基本的にどの国の教科書もそこから始めていると思います、ただ北朝鮮の教科書だけは
李成桂以外金一族のことしか書いてないらしいので違うと思います
>>28
「大国の一角」路線のタレーランが去ってフランス一強路線を志向した時点で
ロシア遠征がなくてもボナパルト朝が長期化できないことは確定的だったのかもしれないですね
しば塾師に>>11答えてほしいナリ
>>34
私も知らないです、お力になれず申し訳ないです。
>>29
オスマン帝国の思惑通りというか
ビザンツ帝国をわざわざ潰してまでほしかった利権だったわけでふし予め成功のビジョンがあったのかと思いまふ
早期にアナトリアに海上進出→エーゲ海を支配→更にバルカン半島を押さえる→その結果地中海と黒海を支配できるという一連の流れは見事なものでふ
なので当職は納得の結果だと考えていまふ
あと架け橋が失われたという話は少し語弊があったかもしれません
でも今までずっとビザンツ帝国がキリスト教国家だっただけに突然登場したオスマン帝国がイスラム教国家だと西欧側も対応を変えなくてはいけませんし
被害が大きかったのはヴェネチアとアナトリアだったでしょう
ビザンツ帝国崩壊からイスラム勢力が拡大することを何よりも恐れていたがオスマン帝国に屈することができず活動拠点を更に西方面へ移行せざるを得なくなりました
今までビザンツ帝国はササン朝との対立もありつつもなんやかんやキリスト教国家ながらアジアとの繋がりはありました
実際当時はアジアとの交易をビザンツ帝国に頼っていた面があったかと当職は考えていまふ
続く
それなのに突然ビザンツ帝国が間に介入していたことでアジアとの繋がりは作れていたのにいきなりアジアと交易するワンクッションがなくなれば厄介なことになってしまいまふ
オスマン帝国も非ムスリムの受け入れにはものすごく寛容だったと思いまふが、交易面ではやはり対キリスト教意識は強かったのかと思いまふ(そうでもなければジェノヴァが持っていた黒海の商業利権を脅やかすなんてことはしないはずでふ)
ビザンツ帝国に取って代わった大国がキリスト教とうまくやっていけないとなればこれまで以上にアジアとの繋がりは作りにくくはなってしまったわけでふ
セリム1世やメフメト二世によるアジア・アフリカへの遠征も対西欧諸国意識故かと思いまふ
これは西欧にとっては効果抜群で西欧もインドとの繋がりがほしがったのをまるで分かっていたかのように早期からインド洋・シルクロード経由で香辛料や綿花、象牙、砂糖の獲得に成功しておりまふ
要するに対キリスト教・対西欧諸国を徹底したためビザンツ帝国の時のように西欧諸国がアジアと繋がれなかった、それ故西欧とアジアとの架け橋がなくなったというよりかは意味をなさなくなったというのが正しい言い方でしょうか(ただ資料まではスミマセン・・・)
なので西欧はインドに行きたいならオスマン帝国が邪魔なので大西洋経由でインドを目指した(そうせざるを得なかった)という話にも繋がってきまふね
計画の緻密さはもちろんのこと、メフメト二世のようなカリスマの存在、更には当時には珍しい多民族国家という点も結果600年の繁栄に繋がっているのかと当職は思っておりまふ
>>36
氏が歴史に対して興味関心を抱くことは非常に良いことですが残念なのは
ところどころ間違ってる点が見受けられます
まずビザンツ帝国は滅亡するかなり前から商業の中心では無くなっているのでアジアでの交易を担っていたと言うのはおかしな話であります。
またそもそも十字軍遠征以降数百年に渡って地中海貿易などでイスラム諸国とヨーロッパは直接取引をしているのでオスマン帝国の出現によって対応を変えなければならなかったと言うのもあり得ません。
またオスマン帝国は確かにキリスト教国家に対して征服しようとする意思はありましたが、キリスト教国家に対して非寛容であったかと言うとそうではなく
例えばフランスとは同盟を結んでいてカピチュレーションと呼ばれる様々な
特権に近いものを与えていますなので西欧とオスマンが上手くやってけなかったと言うことはないと思いました
それとジェノバはオスマン帝国の出現以後衰退しましたがベネツィアはオスマン帝国と上手くやったので15世紀から16世紀にかけてはスペインやポルトガルよりも繁栄していますなのでヴェネツィアが打撃を受けたと言うのにも疑問を持ちます。
それと追加で、多民族国家は当時全く珍しいものでも何でもありませんを
もしかしたら世界帝国と言う意味で使ったのかもしれませんが世界帝国であってもオスマン帝国以前何度も出現しています
オスマン帝国が高い関税をかけたのでアジアとの交易品が割高になったのは事実ですが、関税が高くなったからと言って何も交易が減ることはなかったです
アジアの物産が割高になったのでスペインやポルトガルが長距離航海しても
利益があげられると踏んでいわゆる大航海時代の後押しをしましたがが、ポルトガルの海上進出自体はビザンツ帝国の滅亡以前から行っていますし
そもそも両国はレコンキスタによって多大な軍事費で財政に困っていたことや地中海貿易による恩恵をほとんど受けていなかったので新たな交易路を開こうとしていたのでビザンツ帝国の滅亡に関わらず両国の海上進出は進んでいたと思います。
なんか上から目線な感じがして申し訳ないのですが間違った理解はまずいなって思ったので指摘しました
あらら
理系のコテ師がここまで世界史を知っているのもすごいし
しば塾師の指摘もわかりやすいのもまたすごい
当職にはついていけない世界ナリ
しょうがないですけど人少ないですね、早く受験が始まって欲しいものです(宣伝できるから)
はえー
高校の頃の世界史の授業だとビザンツ帝国もオスマン帝国もサラッとしかやらないので結構記憶曖昧でした
2人とも凄いでふ
しば塾さんはツイッタハァはもう更新しないのでふか?
>>44
特に呟くことないんでついつい放置してますなんかこうして欲しいとかがあったらやるんですけどね
なぜドイツはワイマール憲法があったのにファシズムに走ってしまったのでふか?
ヒトラーが原因なのは明らかかと思いまふが憲法は無視されたのでしょうか?
>>46
簡単に言うと政治が混乱していたせいです、そもそも当時のドイツ人の多くは
急に現れた民主主義に否定的でありまた
第一次世界大戦以降の厳しい国際社会からの扱いから右派の、同様の理由で貧しさから左派の台頭を招き両者ともにワイマール憲法を否定していたので議会政治があまり上手く機能していませんでした。実際ヒトラーが首相になるまでの13年間で14人の首相が交代しています
それに加えてワイマール憲法では大統領の権限が非常に強く憲法で定められた大統領緊急令は議会の承認なしに法律を作れました。
つまり民主主義といっても実際は大統領が議会が機能してないせいもあって
どんどん大統領緊急令を使って議会の承認なしに政治を運営しているような状況だったので国民は独裁に対してあまり抵抗がなくヒトラーの独裁へとつながりました、当然憲法なんか無視してます。
何が原因かは一概には断定できませんがやはり大きな理由としては第一次世界大戦後のドイツに対する不当な扱いでしょう。これがなければ右派の台頭も左派の台頭も抑えられ、議会政治がもっと上手く機能して国民も民主主義に慣れていったのではないかと思います。
>>44
>>40の補足のようなことですが
おそらくビザンツ帝国滅亡がビッグイベント過ぎて印象が引きずられてしまったのでは
イタリアルネサンスは14世紀にすでに始まってますが
ビザンツ帝国滅亡前の「衰退」段階で人材の亡命は始まっていたわけです
大航海時代も開幕当初活躍したエンリケ航海王子が現役の15世紀前半はまだビザンツ帝国は滅亡してなかったですし
前々からイスラム圏を経由しないルートでのインド交易をしたいと考えが大西洋側諸国にあって
15世紀に入って遠方への航海技術が追い付いてきたのでは
どうしてウェールズではスコットランドやアイルランドと比べて離脱しようという動きが少ないのですか?
>>49
ウェールズは他の地域よりずっと早く13世紀末からイングランドに支配されるようになりさらに1536年以降は完全にイングランドの一部として扱われるようになりました(イギリスの国旗にウェールズの旗がないのはこれが理由です)
このように他の地域と比べると長い間に渡ってイングランドの支配下に置かれていることとそもそもウェールズが統一国家であった時期は100年にも満た
ないので800年以上も独立した王国であったスコットランドや酷い統治が何百年も続いたアイルランドと比べると独立しようと言う動きが無いのでしょう
>>48
私は15世紀に大航海時代が始まったのは航海技術の発達よりもレコンキスタの完成で外洋に進出できるだけの中央集権化した国家であるスペインとポルトガルが生まれたのと両国がレコンキスタ完成後に余裕が生まれたからではないかと考えてます
次の次の動画でやろうと思ったんですけど政治的な内容を含むんで
内容だけざっと書いてみたんでよかったらみて感想とかを聞かせてください
https://note.com/sibajuku/n/neb066071f554
2時間ぐらいで急いで作ったんであまりいい出来ではありませんがよかったらみてください
>>51
「ポルトガルくんさぁ、なにさっさとレコンキスタ早く切り上げてるの?」
と思いましたがカスティーリャが大きくなりすぎてポルトガルが半島で領土拡大する余地は早々になくなってたのですね
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AC%E3%82%B3%E3%83%B3%E3%82%AD%E3%82%B9%E3%82%BF#/media/ファイル:イベリア1474年.png
>>38-41
素晴らしい師に出会えた瞬間でした
師が不在の間に世界史を少しは囓ったのでふがまだまだ勉強不足でした
ご丁寧に指摘していただき非常に助かりまふ
これからもよろしくお
>>54
これからもよろしくお願いします
あぼーん
あぼーん
あぼーん
あぼーん
あぼーん
あぼーん
あぼーん
あぼーん
あぼーん
あぼーん
>>65
掲示板荒らしもいいですけどせっかくですから世界史に関連することで何か質問はありませんか?私はいつでも歓迎します
>>65
だからさあ
平和的なスレから荒らすとか小物感がありふれているんだよ
平和的なスレを潰したら攻撃的な路線に人員が移動することくらいわかるだろ
以前どこかでユスティニアヌスが無能だという意見を見かけた気がするのですが
そうだとしたらその理由は何でしょうか?
>>68
ユスティニアヌス帝は多くの領土を征服しましたが、征服の過程でかかった軍事費を補うために重税を課したので経済が停滞したことや
晩年になると軍を軽視したことで弱体化を招き異民族の侵入を防ぐために金を渡すという方法を取ったので国家財政を破綻させるなどし東ローマを一気に衰退させるきっかけを作ったからでしょう。
実際彼の死後50年あたりでは東ローマは一時期ササン朝にエジプトとシリアを奪われ、コンスタンティノープルを包囲され皇帝であるヘラクレイオスが夜逃げをしようとするまで追い詰められました。(その後なんだかんだヘラクレイオスが頑張ってなんとかなりますが)
なぜ北米では中南米のマヤ文明のような文明が勃興せず
アステカ帝国やインカ帝国のような帝国も無かったのでふか?
>>70
できる前にヨーロッパ人がきたからです、北米大陸は中南米と比べると食料や気候に恵まれていたことや、トウモロコシが北米大陸の気候でも栽培できるようにする必要があったことから農業の伝播が遅かったです。
それでも9世紀以降はミシシッピ文化と呼ばれる日本では弥生時代に相当するような段階になり、14世紀には国家や戦争が始まる時期になりましたがその200年後にヨーロッパ人がきて彼らのもたらした疫病によって崩壊してしまいました。
ヨーロッパ人到来以前は南北アメリカ間で人の行き来はなかったのでしょうか?
>>72
南北アメリカ大陸では遠く離れた地域同士での大規模な交流はなかったらしいです
例えば同時期に存在していたインカ帝国とアステカ帝国でさえお互いの存在を一切知りませんでした
というのも南北アメリカ大陸には馬や牛といった家畜や車輪、鉄器が存在しなかったので長距離を移動する手段がなかったからです
https://anonfiles.com/ba52fe7fud/image1_jpeg
このような問題を解く際に意識すべき点
あるいはしなければならないことなどがありましたらご教授お願い致します
こういう使用語句指定の問題のポイントは興味深いですね
こういう問題ってあやふやな理解のワードも含めて全部使ったほうがいいんでしょうか
それとも間違った内容を書くより理解定着してない言葉は未使用で済ませたほうが減点少ないんでしょうか
(↓イランについての感想です)
サファヴィー朝アフシャール朝あたりは支配領域の広大さから君主を皇帝格とみて良さそうですねえ
>>74
解答の内容とかと関係ないこととして
当たり前のことですが問題文の条件で8つの語句を必ず一度は使い下線を引けとあるので、その部分を間違えないようにすることが一番気おつける場所です。
せっかく内容が書けていたとしても語句が欠けてたり、
あるいは一度下線を引いてもう一度出てきた際に下線を引き忘れるなどをして減点あるいはそもそも採点されない可能性があり、非常にもったいないです。
次に両地域についての問題なので、例えばモンゴルやウイグルなどで両地域と関係ないことをかかないように気おつけましょう。
とはいえ関係ないことでも書かないよりはマシである可能性が高いのでそこら辺は問題を解く際に自分で判断してください。
あとはさっきと若干被りますが問題文をよく読んで、何を聞かれているかちゃんと読み取るのを意識しておけば大丈夫だと思います。
中国の大運河を作る工事とアメリカのテネシー川流域開発工事はどのような共通点と相違点がありますか
>>77
色々あると思いますけど一番簡単な共通点は両者ともに国家が主導した大規模な土木工事である点で、相違点は前者は高句麗遠征や首都長安の食料事情を安定させると言った必要性からから早急にやる必要がありそのため
強制的に民衆を動員したのに対し
後者は失業者対策の一環として開発自体は喫緊ではなかったのに行ったという
点じゃないでしょうか
ムラービト朝とムワッヒド朝の区別点を教えて下さい
>>79
ムラービト朝は遊牧民のベルベル人が建てた王朝であるのに対しムワッヒド朝は定住民のベルベル人が建てた王朝であると言うところや、ムラービト朝はスンナ派でありバグダットのカリフの権威を認めたのに対しムワッヒド朝は
シーア派に近い信仰でバグダットのカリフを認めなかったなどの違いがあります。
なぜマリ王国の首都の場所はわかっていないのでふか?
>>81
宮廷が複数の町の間を巡回移動していた為そもそも定まった首都が存在しなかったというという説があります
新しい先生の名前に身が震える
なぜプロイセンはドイツ統一ができたのでふか?
>>83
順調に富国強兵をしていったのとナポレオン戦争後に多くに領土を獲得し
その中に工業地帯となるラインラントなどを獲得でき、さらにドイツ関税同盟の
おかげで工業化を順調に進めることができライバルであるオーストリアが
国内の民族問題で揉めていたこともあって伸び悩む中順調に国力を伸ばし
差をつけることができたからでしょう
モスクワ国家弁務官区ケーができましたがそもそもモスクワ国家弁務官区とは何ですか??
>>85
国家弁務官区とはナチスが占領地の統治をする際の行政区で
モスクワ国家弁務官区はソ連を占領する際に置かれる予定だった
5つの弁務官区の一つでモスクワを中心に現在のウクライナやバルト三国と
ロシアの国境からウラル山脈までが範囲でした
ヘキヘキ朝タカシマダイラ王国の政治・経済・文化・国際関係・主要な出来事などをご教授下さい
>>87
政治 おそらく高橋嘉之の専制と推測される
経済 国王の両親の年金が主要な収入源、息子2人の給与の一部をもらっている可能性あり
>>87
文化 他人に対する誹謗中島文、特に女性差別や障害者黒人に対する差別的な内容を組み込んでいるものが盛ん
国際関係 大橋は最大の友好的な相手で高橋嘉之曰く今でも月に2回会い週に2回電話をしている、一方SMD氏をはじめとした広尾学園とは対立関係にある。
また度重なる中島のため元顧問弁護士である瀧口に最近は依頼を拒否されている恒心教とも対立している。
>>87
主な出来事 ほんの一例ですが
・会社を設立し失敗
・広尾学園を中島し大橋に訴えられる
・SMD氏から匿名手紙を送られ大橋を中島するよう誘導され
実際攻撃するも屈服させられ以後SMD氏を攻撃
・広尾学園に訴えられて敗訴
・パナゴリ事件で教徒と裁判
・渡会事件によってメール開示
・私にまたしても騙されてメール開示(アップル事件)
等々
超神ファミリーの掟は親への10倍恩返し
それ故持家売ってまで渾身介護に勤めた
大枚教育費を投じた子息が上納は至極当然
息子の脛齧り虫でバリウン生える
なぜワシントンは大統領になれたのでふか?
>>93
アメリカが独立する前から植民地の民兵隊長としてフランスとイギリスとの戦争で活躍していたりしていたのと独立戦争前から政治に参加していたので、アメリカ独立戦争の際には軍事経験が豊富な数少ない政治的指導者で彼の活躍なしには独立できなかったからです。
なぜド・ゴールは大統領になれたのでふか?
>>95
知ってのとおり彼は第二次世界大戦の英雄的な扱いでしたが、戦後はあまり政治に参加していませんでした。しかしフランスとアルジェリアの間で独立戦争が起こった際フランス政府はアルジェリアの独立を認める方針でしたが
アルジェリアの駐留部隊が反発し本国に反旗を翻しコルシカ島を占領してしまいました。彼らは反乱の要求にド・ゴールを大統領にすることを掲げ彼は大統領になったのです、なおド・ゴールはアルジェリアをあっさり独立させた模様。
リューリクは実在の人物なのでふか?
へき息子(特に下)って慶應卒業したんですかね?
破産してる状態で私学の学費って厳しくないでふか
なぜフランク人は分割相続制の習慣を持っていたのでしょうか?
一人の人間に相続させるようにしないと、世代を経るごとに土地がどんどん細切れ状態になってしまうのではないでしょうか?
シチシチパ大王は唐王朝に朝貢し精神部王の称号を貰い捏造王陵に葬られたって当時の唐王朝の文献があるってガチなのですか?
唐澤王朝から日本に伝えられた文献「『辟志』奇人伝」に書かれています
ちなみに件の文献は明治時代にお雇い外国人で来日した恒古学者のアップル博士が発見した物です
マヨ木生えるなりなりなりを
本物の魏志倭人伝や漢書地理志はいつから日本で知られるようになったのでふか?
日本書紀に漢書や三国志から引用された記述があることから少なくとも奈良時代には既に伝わっていたとされていまふ
ちなみに日本書紀には卑弥呼についての記述もありますが、そこでは神功皇后と同一人物であるとみなされていまふ
>>97
昔の建国者によくある話ですが実在したかどうか微妙なです、リューリクが生きていた時代に彼のことを記した記録がなく12世紀の年代記に初めて登場する人物なので半伝説的な人物と言えるでしょう。
>>99
フランク人に限らずゲルマン人は領土を含め財産を分割して相続する習慣があります、たとえばハプスブルク家も分割相続をしています。当然デメリットの方が大きいのですがそもそもゲルマン人は長い間国家を作っていなかったので
国家であろうと自分の土地と同じような感覚で考えていて相続していたんだと思います。
カティンの森事件はなぜ起きたのでふか?
>>105
カティンの森事件はスターリンの指令で起こされたものですが理由は大きく2つあって一つはポーランドの指導者層をなくすことでポーランドを将来的に支配しやすくするため、もう一つはスターリンの個人的な恨みです。
ソ連ポーランド戦争の時赤軍を指揮していたスターリンはポーランドに敗北したことを根に持っており当時のポーランド将校にはこの戦争で活躍した人も多くいたので昔負けた恨みを晴したかったのです。
https://en.wikipedia.org/wiki/Territorial_changes_of_Poland#Second_Polish_Republic_and_occupation_1918_to_1945
戦間期ポーランドの全方位オラつきほんとすき
ナチスの共犯者とか言われてたのにいつの間にか被害者枠に収まってるのも草
ヒッタイトはどうして衰退したのでふか?
原因はやはり海の民?
>>108
直接的な原因はそれですがその直前に3代連続で内紛が発生していてそれに伴う
食糧難が発生していて国を維持できるだけの力がありませんでした海の民がそれにとどめを刺した感じです。
なぜシェークスピアは高等教育を受けていなかったとされているのに古典をテーマにした作品が作れたのでふか?
マンフェ
>>111
誤爆した
当職無能 眼球麻原
>>110
シェイクスピアの父は没落したとはいえかつて市長を行えるほどの地元の名士であったのでそれなりに教育を受けられまた教養があったのと
彼の地元にあった学校は当時その地域の男子なら無料で入学できそこで
ラテン語なんかを習えていたらしいのでそれが理由なのではないかと思います
最も彼の人生には謎が多いのではっきりとしたことは私はわからないです。
なぜスキタイ人は黄金細工が得意だったのでふか?
>>114
スキタイ人は遊牧民であり移動を繰り返す彼らにとって黄金は持ち運びが簡単であることから身近で重要な財産であり自ずと加工技術も上がって行ったのです。
なぜカトリック司祭の堕落を追求していたルターが結婚したのでふか?
https://news.mynavi.jp/article/20210426-1833030/
>>116
ルターはカトリック教会の司祭たちが一般の信徒と違う分かりやすく例えると
当職は弁護士だお前らとは違うみたいな意識を持っていることが堕落につながったと考えました、なので彼は妻帯することで教会で説法をする司祭に
あたる存在でも一般の信徒と変わらないことをアピールし
また聖書を限られた人しか読めなかったラテン語から誰もが読めるドイツ語にしたのです
簡単に言うとキリスト教徒同士例え司祭でも一般の信徒でも何も変わらないよね
と言うことのアピールです
マッキンリー大統領はなぜ暗殺されたのでふか?
>>118
カトリックは神父なのに対しプロテスタントは牧師でふからね
聖書の翻訳を行ったのも聖書の正しい教えを市民にも広める為でふし
免罪符で教会金儲けするンゴも教授のルターは明らかにおかしいと思っても市民が聖書を理解していなければ金儲けも正しいと思ってしまいまふからね
>>119
チョルゴッシュもゴールドマンも過激な無政府主義者だったからでふ
なぜユダヤ人が世界征服を企んでいるという陰謀論が広まることとなったのでふか?
>>121
元々反ユダヤ思想が長きに渡ってヨーロッパにありましたがロシアで
シオン賢者の議定書と呼ばれる文章(勿論内容は嘘)がが1900年ごろに作られ
そこにはユダヤ人が世界征服を企んでいると言う内容でおりしもロシアの政情が不安定だったこともあり大流行しました
その後ロシア革命が起きてロマノフ朝が倒れると白軍の中ではこの文章を根拠にユダヤ人が革命を起こしたなどと言う言説が流行りそれがソ連に対する
干渉戦争の際に各国の軍人にこの文章を白軍が配布するという実に迷惑なことをして世界各国にこの文章が流布し共産主義に対する恐怖もあって
やはり世界中で流行しユダヤ人が世界征服を企んでいると言う陰謀論が
広まったのです、自動車王フォードやヒトラーもこの文章に大きく影響を受け
特にヒトラーはこの文章を見て反ユダヤ思想を確固たるものにしホロコーストを引き起こしたことから史上最大の偽書と言われてます
まあ共産主義に対する恐怖から犯人探しが始まりそれがユダヤ人にされたってことですね
ちなみに陰謀論の主役としては他にフリーメイソンとイルミナティが鉄板ですが両者が陰謀論の主役になった起源もフランス革命の際に
貴族や聖職者が一般民衆如きが革命などを起こせるはずがなく何者かが扇動
したに違いないとして両者が犯人として挙げられたからです
特にイルミナティは1785年、つまり革命直前に解散したことから強く疑われました
フランス革命やロシア革命のようなそれまで考えつかない大きな政治的変動が
あると陰謀論の新たな主役が生まれるってことですねそんな歴史を調べずに
ユダヤだとかフリーメイソンだとか言っている人を見かけるたび世の中とんでもないアホが多いなって思います
最大の問題はそんなアホでも等しい重さの一票の権利を有しているってことなんですよね、実は
民主主義も綻びが見え始めて久しいですがそろそろこれ以上のシステムが発明されないもんですかね?
>>124
私はアホが天才と同じ権利持っていた方がよっぽどいいと思いますけどね
なぜなら私を含めて世界の大半はアホなんで、それと完璧な政治システムの
元統治される社会は今の我々からすると不幸極まりないものでしょうから
しばらくは民主主義で良いと思います
なぜハルシャヴァルダナ王は後継者を決めなかったのでふか?
>>126
少し調べたけどよく分かりませんでした
なぜドイツやイタリアは絶対王政時代に統一できなかったのでふか?
>>128
ドイツが統一できなかったのはそのずっと前より神聖ローマ帝国の皇帝が選挙で
決まるのと歴代皇帝がドイツの統治よりイタリア政策に労力を注いだので
ドイツにおいて権力の集中が起こらず
絶対王政の時代にはすでに各諸侯が個別の国ほど独立性を高めていたからで
イタリアが統一できなかったのはど真ん中にあった教皇領の存在とドイツ、
スペイン、フランスといった強大な勢力が進出していてこの4者全てに打ち勝てる
勢力がなかったからです
エフタルは何系の民族だったのでふか?
イラン系の遊牧民族でふ
>>130
おそらくはイラン系です、ただし王族など上位階層はティルク系の可能性が高いです。
ヨハネ・パウロ1世の暗殺説はどこまでが本当なのでふか?
>>133
全くのデタラメです、彼の在位中様々なスキャンダルが起き2度暗殺未遂されましたが死因とは全く無関係です。
1世と2世を間違えました、無能
ヨハネ・パウロ1世はその改革に伴い多くの恨みを買ったことや
死んでからの対応が不自然なんで暗殺されたと言われても不思議ではないです
ただ証拠が無いんで真相は闇の中です
なぜボリバルの死後コロンビアやベネズエラは分裂したのでふか?
>>136
簡単に言うとアメリカ合衆国で起こった対立と同じ事を解決できなかったからです
大コロンビアもアメリカ合衆国も国内の地域ごとに産業も文化も違い
国のあり方を中央集権にするか地方分権にするか、奴隷制を維持するか
廃止するかといったことで対立が起こってましたしかしアメリカの場合は
これを解決できたのに対し南米ではそれができませんでした
これは南米がカトリックの影響で絶大な人間に絶対服従する習慣ができたので
地方の権力者が大きな勢力を持っていてまとまりがなかったことや
イギリスの工業製品を輸入していたせいで工業が未発達で
地域間の工業力に差がでず結果戦力に大きな差がなかったことが考えられます
イスラム教にはなぜ喜捨という概念ができたのでふか?
>>138
貧富の差を解消するためです、イスラム教ができた当時のアラビア半島は
東ローマとササン朝の争いの影響で従来のシルクロードが使えなくなった
代わりの迂回路として大いに繁栄しましたが急速な繁栄の一方貧富の差が
拡大しており大きな問題になってました。
この解決策としてイスラム教では喜捨を教義に取り入れたのです
>>138
この世の物は遍くアッラーの物という考えが根底に有るからです
喜捨にはザカートとサダカの二種類があります
ザカートは義務的な喜捨で歴史的に税金として使われてきました
サダカが自発的に行う喜捨を指しますがムスリムは積極的に行うので
イスラーム圏では物乞いが職業として成立します
なぜクロムウェルはチャールズ一世を処刑したのでふか?
>>133
結論的には真相は闇の中なのですが
ああいう話があるこういう話もあるってまとめられた動画ですー
https://www.youtube.com/watch?v=1efwtkBYJXY&list=PLx-Oc34vC49WM5T3eIH2Yizlx9u8mofbU&index=6
>>141
簡単に言うと主導権を握るためです、議会派は国王との争いに勝利しましたが
議会派の多数は国王と妥協する事を望みクロムウェルらを警戒してました
そしてクロムウェルに対して軍の解散を言い渡します
それに対してクロムウェルはクーデターを決行し政権を奪取しました
その際に国王を処刑する事で自分と対立する国王勢力や議会勢力の多数派に
とって重要な存在の国王を処刑し排除する事で自分の権力を盤石なものにしたかったにです。
なぜアメリカの自由の女神像製作にフランスが協力したのでふか?
遊牧民について興味があるのですが
大学で学ぶとしたらどの学科に入ればいいのでしょうか?
>>144
アメリカ独立戦争にはフランスが多大な援助をしたことやフランス革命を経て
からのフランスとアメリカは民主主義や基本的人権などをアメリカと共有していて親近感があったからです
>>145
史学科でいいかと思います
>>145
史学科出身です
史学科は小規模なことが多いのでその地域に強い研究者がいないこともしばしばです
大学によっては国際文科系学科にいることもあるかもしれませんね
もちろん文学部なので教員学芸員司書公務員志望ならともかく
一般民間企業就職希望ならお勧めしません
就職活動の優先順位も落としたくないということなら社会科学系学部所属しつつ出入りするとかも良いのでは
国公立だと人文系と社会科学系学部が校舎互いに共有してることも多いですし
当職この前東大実践、オープンを受けてきたのですが
問題をアップすれば解説していただけるでしょうか?
>>148
東大の問題はほとんど解いた事ないんであんま自信ないですがそれでも構わないなら是非やりたいです。
>>149
ありがとうございます
とりあえず東大オープンはこれです
https://anonfiles.com/pd96ddC2ub/IMG_0354_JPG
https://anonfiles.com/p0b4e2Cau3/IMG_0355_JPG
https://anonfiles.com/teb3edC2uf/IMG_0356_JPG
https://anonfiles.com/n4d2eaC4uf/IMG_0372_JPG
https://anonfiles.com/P0bbe2C9u4/IMG_0358_JPG
https://anonfiles.com/X4b3e8C4u4/IMG_0359_JPG
https://anonfiles.com/d3c7e6C1ue/IMG_0360_JPG
https://anonfiles.com/l8c0e5C3u9/IMG_0361_JPG
>>150
長くなるんでとりあえずだいぶ簡単な解説ですが第一問は西アフリカの宗教
分布の背景とそれに交易の歴史についての関連を書けば良いので大きく3つの
段落で書くのだと思います、第一段落ではガーナ王国と岩塩とマグリブを使い
16世紀までのサハラ交易とそれに伴ってイスラム教が流入した話を書き
第二段落ではポルトガルとベニン王国を使い15世紀からの奴隷貿易とそれに
伴ってキリスト教が流入した話を書き最後に産業革命を使って
19世紀から奴隷貿易が廃止された後産業革命に伴う大量生産と機械油の
需要増大でパーム油の輸出が増えて栄えた事を書くのでしょう
あとはそれぞれに関連する歴史(第一段落だったらマリとかソンガイとか
第二段落だったら大西洋三角貿易とか)
を間違えず自然に書いて埋めれば問題ないと思います。
一行何文字かわからないんで何文字かわかりませんが
多分これで8割以上は埋まると思います。
>>150
第二問の1のaはカルバン派の教義と教会制度なんで予定説についてと組織に
ついては明確な上下階層がないことについて書けばよく
1のbは第二次ウィーン包囲失敗後のカルロビッツ条約によるハンガリー喪失を
書けば問題ないと思います
>>150
第2問の問2の宋から明にかけての庶民文化は宋の時代の詞や雑劇
元の時代の元曲の発展明の時代は小説の発展を書けばよく
朝鮮王朝成立については高麗が親モンゴルで元滅亡後も従っていたが
李成桂が親明で反乱を起こして政権を取ったことと学問については
朱子学を書けば良いと思います
>>150
問3のaではイギリスではコーヒーハウスと新聞フランスではサロンについて書き
bではドレフュス事件とシオニズム運動について書けば良いと思います
第3問は答えだけですが
(1)ギルガメッシュ叙述詩
(2)ペリクレス
(3)易姓革命
(4)匈奴
(5)ティオティワカン文明
(6)ヴィジャヤナガル王国
(7)ジェンナー
(8)コレラ
(9)ウィルソン
(10)アチェ
以上です、質問とかが有れば聞いてください
ありがとうございます
今回初めてこのような模試を受けたのですが
感想としては様々な分野の知識をつなげて書く必要があると思いました
他の大学でこのような系統の問題を出すところはあるのでしょうか?
>>157
第一問のような論述は基本東大くらいですが論述の練習をしたいなら
京大や筑波なんかが良いと思います、同じレベルでも一橋はあんま参考にならない
ので東大を目指すならとかない方がいいです
タリバンがアフガニスタン全土を制圧するとのことですがタリバンと9.11テロを起こしたアルカイダとの関係が今一つわかりません。どなたかわかる方いらっしゃらないでしょうか
歴史上でへきへきみたいな人物を上げるとすれば誰でしょうか?
他所にも書きましたが"大仏破壊: バーミアン遺跡はなぜ破壊されたのか"と
"倒壊する巨塔 アルカイダと「9・11」への道"をご参照ください
ソ連がアフガニスタンを侵攻したとき、東側陣営のアジア進出を危惧する各国は現地民兵を活性化させるため様々な支援を行いました
当時の中東諸国は理想主義のムスリムによる反政府活動に頭を悩ませており、この二つの問題を解決させる一手として反乱軍にアフガニスタンでの活動を志願させます
この際エージェントとして現地での義勇軍の訓練を支援したのがサウジアラビア人のビンラディンです
彼らは軍事的にはあまり大きな成果を出せなかったものの紛争地域で実戦経験を得て成長し、ソ連軍撤退後には主にはソ連の再侵攻への備えとしてビンラディンの実家の資本力の元国際民兵組織アルカイダを結成します
のちにイラクがクウェートを侵攻し、イラクによるこれ以上の原油地帯の支配を恐れた米国は在米サウジ大使の協力のもとサウジアラビアに米軍を押し貸しします(確かこれはウッドワードの司令官たちに書いてあったと思う)
サウジ王室の米軍受け入れに対しとみに反発したのがビンラディンであり、強力な外国軍を受け入れることでイスラム圏が米国に反発できなくなることを恐れた彼は
自らアルカイダを率いてサウジアラビアを防衛することを提案しますが、世界第三位の強力な陸軍を持つイラク軍の前に誰も彼らの能力を期待することはありませんでした
果たして米軍の物量作戦と優れた夜間攻撃能力、航空戦力のもとイラク軍は撃滅されましたが時の父ブッシュ大統領はフセイン政権の崩壊による社会の混乱を恐れて過度な追撃を差し控えます
>>159
簡単に言うとタリバンが家主でアルカイダが居候です、タリバンは1990年代後半に内戦中のアフガニスタンで誕生したイスラム原理主義組織で
アルカイダは1979年から1989年にかけてのソ連によるアフガニスタン侵攻に
対抗するムスリムの義勇軍から誕生したイスラム原理主義組織です
両者が関係を持ったのは1996年からで政権を握ったタリバンは
過激さ故にイスラム諸国から爪弾きにあっていたアルカイダを受け入れ
タリバンがいわばアルカイダをアフガニスタン国内で匿っていたのです
>>160
ないです、あんな存在と比べていい人間などこの世に存在しません
>>163
マヨ
それに反発したのがイラクの反政府派アフメド・チャラビです
彼は後にCIAの協力の元国内の反政府派を終結させイラク国民会議を立ち上げますが、どうしようもなく汚職が激しいという欠点がありとうとうCIAに切られてしまいました
それはそれとして、イラク撤退後も防衛力に不安のあったサウジアラビア政府はそのまま米軍を駐留させてしまいとうとうビンラディンは激怒、強烈な政府批判を展開します
へたに政府批判をして捕まらないのは実家のコネが強い彼くらいなものだったので愛国心の強い国民を中心にそれなりの支援が集まります
しかし度が過ぎたということで国外追放、避難先のスーダンで何とか米軍放逐のプランを練り各国のイスラム過激派への金銭支援をしますが援助した組織の一つが無差別殺人を行っていたことがわかって身内から叩き出すなど結構な苦労をします
折しもソマリアでブラックホークダウン事件が発生、損害を見た米軍は全面撤退を余儀なくされます
これを見たビンラディンはアメリカ人は仲間が殺されたら逃げるとの確信を持ち、テロへの傾倒を深めます
彼らはとうとうスーダンからも追い出されてアフガニスタンに行きつくのですが、当時その国では新興武装組織タリバンが勢力を広げていました
実はソ連撤退後のアフガニスタンでは旧対ソ民兵同士の内戦が長いこと続いており、その状況に嫌気の挿した元民兵の一人が世直しを求めて自ら新組織を設立していました
組織は神学校の学生ということでそのままタリバンと命名され、侵攻地域で厳格な規制を設け治安を大幅に改善したためアフガニスタンでの石油パイプ利権を求めるアメリカから大きな期待を寄せられます
とうとう首都カーブルを制圧した彼らですが、やや民族主義的な部分があり味方の少ない北部との対立で膠着状態を見ることになりました
またこれまで寄せ集めた味方は単に治安の改善を求める愛国者だけにとどまらず、恭順したならず者や内戦後にサウジアラビア式の過激な教育を受けた戦災孤児、
またしもイスラム諸国から放逐された元反政府派の外国人義勇兵など非常に扱いづらい人々を受け入れてしまっていたのでした
タリバン政権は規律を維持するためサウジアラビアの宗教警察を模した勧善懲悪省を設立し、非常に厳格なルールの元構成員や一般住民を管理します
これらの行為は支援者である米国の不興を買い、タリバン政権と諸外国には溝が生じ始めていました
その環境を好機と捉えたビンラディンはタリバンの指導者に取り入り、タリバンをアルカイダの軍事的支援に依存させ最終的には政府を殆ど乗っ取ってしまいます
米国は数々のテロ攻撃への関与が疑われるビンラディンの引き渡しを求めますがタリバン側は拒絶、タリバン政権内部の左派は自由や人権、文化保護などの領域で一定の進歩を見せたものの勧善懲悪省の苛烈な妨害によって最終的に頓挫
アルカイダ主導の大規模テロとそれに伴う米国の軍事侵攻を予感していた多くのタリバン要員が内通者となるなどしてアルカイダの除去を訴えますがいずれも失敗、結果的にタリバン政権は崩壊します
しかし、戦闘の過程で生じた米軍による住民の被害への反発や規律がもたらす治安や公正、彼らの慣れ親しむ文化への尊重は相当な訴求力を持ったようでとうとう勢力を盛り返してしまったようです
アフガニスタンへの侵攻を決定した息子ブッシュ大統領は米国でも相当な反発を買い、彼が米軍撤退への反感を表明したことを受けてとうとうyoutubeで戦争犯罪者呼ばわりされていました
【速報】ガニ大統領タジキスタンヘ国外逃亡
いよいよ深刻な問題となってきて身が震える
今からタリバン抑え込むのは不可能に近いしもう尾張やね
メディアもネガキャンが精一杯や
どこかで見たのでふが
アメリカもトランプが大統領になるなど保守反動が強く
旧来の宗教的価値観を大事にするタリバンがアフガニスタンの人の心をつかむのは当然でこれは世界的な流れというのはガチなのでふか?
裏で中国共産党がタリバンを支援しているという話はガチなのですか?
事実なら自分から帝国の墓場に中国が足を突っ込んでいったんだから米英露は白い目で見てるでしょうな
>>169
アフガニスタンの人々でタリバンを支持する人たちは無法地帯よりはマシって
理由が多いんでそれはなんとも言えないです。実際先のタリバン政権化では
前時代的な法律に内心反発した人の方が多かったらしいです
ただそれでも無法地帯なんかより100万倍マシなんで背に腹はかえられないって事ですかね
>>170
直接支援しているわけではありませんが7月28日にはタリバンの幹部が北京を
訪問して王外相と会談をしアフガニスタンの現状や和平プロセスについて
会談を行うなど積極的なアプローチをしています
これは一帯一路ではアフガニスタンが重要な位置にあることアフガニスタン
にまともに進出する国なんか無いんで経済の覇権を取れる可能性がある事
どの大国もなし得なかったアフガニスタンの発展という壮大な野望を果たす事で
中国の偉大さをアピールしたい狙いがあるらしいですそんな簡単にいかないと
思いますしタリバンのイメージは世界的に見て最悪なんで金と力のためなら
ならず者でも支援するって思われるだけだと思うんですけどね…
冷戦時代ならともかく今それやるのは悪手だと思います
タリバンのここ最近の動きを見ると作戦がきちんとしているんで
米軍撤退を機にパキスタンがなんらかの指揮をしたんじゃ無いかなって
私は思ってます。
この後粛正や恐怖政治が続くんでふかね
恐ろしいよ⁉️
今後アメリカがイランと接近する可能性もあるんでふか?
アフガニスタンって一度インターネット止めたらしいですけど何故ですかね。
かなり古いニュースでふが
https://wired.jp/2001/10/31/%E3%80%8C%E3%82%BF%E3%83%AA%E3%83%90%E3%83%B3%E5%85%AC%E5%BC%8F%E3%82%B5%E3%82%A4%E3%83%88%E3%80%8D%E3%81%AE%E8%AC%8E/
>>173
元々ゼロではないですしアメリカは今対中国に集中したくイランは経済制裁を
解いてもらいたいんで接近する可能性が高いでしょう
なぜルワンダホテルの主人公のモデルは今ルワンダに連行されたんでふか?
>>177
どうやら反政府組織がテロを起こしてその組織となんらかの繋がりが
あったとされています、真相は今のところ不明ですが彼は現政権
に対して批判的だったのでそれと関係していると言われてます
アルカイーダはそもそも何故反米思想なのでふか?
書き直すのが面倒なので>>161を見てください
>サウジ王室の米軍受け入れに対しとみに反発したのがビンラディンであり、強力な外国軍を受け入れることでイスラム圏が米国に反発できなくなることを恐れた彼は
自らアルカイダを率いてサウジアラビアを防衛することを提案しますが、世界第三位の強力な陸軍を持つイラク軍の前に誰も彼らの能力を期待することはありませんでした
>折しもソマリアでブラックホークダウン事件が発生、損害を見た米軍は全面撤退を余儀なくされます
これを見たビンラディンはアメリカ人は仲間が殺されたら逃げるとの確信を持ち、テロへの傾倒を深めます
ヨーマンはなぜ没落したのでふか?
>>181
産業革命が始まった頃になるとノーフォーク農法と呼ばれる新たな農法が生まれました
この農法は効率がいい反面大土地じゃないとその良さを十分に活かしきれない物でした
なので大きな土地を所有する一部の地主の一人勝ちとなり
ヨーマンのような大規模な土地を所有してない農民は没落したのです
高校の時に世界史を学んでからずっと疑問だったのですが、
中国の秦の時代には儒教は焚書坑儒されたりと弾圧されていたのに、なぜその次の漢の時代になると今度は尊ばれるようになったのでしょうか?
>>183
秦は始皇帝のずっと前から法家の提唱する法学による統治を行い
それで成功していました、なので法学と対立する儒学はあまり
尊重されていませんでした。しかし始皇帝の代までは弾圧こそされて
ませんでしたが彼は全国統一後に反乱を防ぐためにも自分に批判的な
儒学を弾圧しました
一方で漢はそもそも秦に反抗してできた勢力であることから
儒学に同情的だったこと、いきすぎた法学による統治が
秦の失敗だったと考えたので法学以外の新たな統治の支柱
を探し、その中で上の者に絶対服従することを説く儒学に注目し
これを導入し尊んだのです
>>184
出会いに感謝
もしよろしければ法家と儒家の思想的な違いについても教えてください。
ググってもいまいちよくわからなかったのです。 当職 無能
>>185
すごく雑ですし私の理解なんで間違っているかもですが
法家は人間とは根本的に悪の存在であり、何をどうやっても悪だから
厳しい法律を課すことで優しい世界を作ろうという考えで
儒家は人間の性根は決して悪ではなく世の中が乱れているから
悪になるのでそうならないよう礼節を守ることで善良な人間に
なることを目指し皆がそうなることで優しい世界が到来するのを目指すと
いう思想です
ルター派とカルバン派の違いはなんでふか?
アフガー二―はなぜパンイスラーム主義と民族主義という相反した主義を掲げたのですか?
>>187
最大の違いはカルヴァン派は予定説は予定説を唱えていることです
予定説は神によってあらかじめ全てが決められているという考えです
また神に対する考えも違いルターは神に感謝することで幸福な人生が来る
ことを望みましたがカルヴァン派は予定説から現世における幸福の追求を
してないという違いがあります
>>188
イスラム教には民族などの違いで区別をしないという考えがあるので
イスラム原理主義的に考えれば民族運動なんかせずにムスリム同士で団結
すべきだという考えがあったのと当時の状況ではどっか一つの国や
民族だけでは列強に太刀打ちできなかったからです
スレチかもしれませんが、
ポル・バジンはどのような目的で作られたのでしょうか?
ハプスブルク家とメディチ家はどうして滅んでしまったのですか?
>>190
明確にはわかってませんが作られた当初は辺境の要塞だったと言われてます
>>191
ハプスブルク家はいつだったか私が動画にしましたが強くなりすぎて
目の敵にされたのと近親婚を行いすぎて障害があったり短命な人が
相次いだからです、メディチ家は銀行を経営して各国の王家に金を
貸していましたが権力にものを言わせて踏み倒されてしまって大損
されたのと大航海時代以降イタリアの地位が徐々に低下していって
衰退した後血統が断絶して滅びました
なぜ中世から近代にいたるまでヨーロッパでは入浴する習慣があまりなかったのでふか?
>>193
ヨーロッパに限った話ではないのでふがそうした地域は清潔な水源やそれを輸送できるインフラがなかったからです
例えばローマ帝国の市民に入浴の習慣があったのは帝国の各地に上下水道がくまなく整備されていたからでふ
なぜジェーングレイは即位して数日で退位させられたのでふか?
>>195
ジェーンの即位できたのは彼女がプロテスタントであったのでその前の国王で
熱烈なプロテスタントであったエドワード6世が後継者に認めたからです
しかし彼女と王家の繋がりは母方の祖母が王家出身であるからと正当性
に関しては根拠が薄かったことに加えまだ旧教の勢力は強くエドワード6世の
姉で熱烈なカトリックであったメアリーがいたので彼女の方が支持を得てしまい
争いに負け退位させられたのです
なぜスリランカではインド本土で廃れた仏教が現在でも信仰され続けているのでふか?
>>197
インドで仏教が衰退したのはヒンズー教の元となったバラモン教の価値観が
すでに広く浸透していてこれと競合しなければならなかったりイスラム教の
征服者が仏教を徹底的に弾圧したからですが
スリランカではそうしたことがなかったことや交易の都合上
インド本土よりも仏教を信じている東南アジアとの結びつきが強かったり
また欧米による植民地統治時代に仏教がスリランカの多数派である
シンハラ人のアイディンティティと結び付けられたからです
何故ルター派はドイツ語圏と北欧にしか広まらなかったのでふか?
商人人口が南方に多かったため、南方でルター派があまり普及しなかったのが原因かと思います
カルヴァン派は商人を中心に広まったもので、商人は国を跨いだ移動もするのでカルヴァン派の方が布教範囲が大きかったのだと思います
ルターがドイツの大学教授なのでドイツはルター派が主流というだけで