66 ヽ ( (c :; ]ミノ (sage) 2016/12/07(水) 23:06:05.30 ID:oTp/PHIi0
そば屋にとって一番のかき入れ時は大晦日である。
島田亭もこの日ばかりは朝からてんてこ舞の忙しさだった。
いつもは夜の12時過ぎまで賑やかな表通りだが、夕方になるにつれ家路につく人々の足も速くなる。
10時を回ると島田亭の客足もぱったりと止まる。
頃合いを見計らって、人はいいのだが無愛想な主人 に代わって、
常連客から女将さんと呼ばれているその妻は、
忙しかった1日をねぎらう、大入り袋と土産のそばを持たせて、パートタイムの従業員を帰した。
最後の客が店を出たところで、そろそろ表の暖簾を下げようかと話をしていた時、
入口の戸がガラガラガラと力無く開いて、
2人の子どもを連れた男性が入ってきた。
20歳代のふたりの男の子は真新しい揃いのトレーニングウェア姿で、
男性は季節はずれのニューヨークヤンキースの半袖パーカーを着ていた。
「いらっしゃいませ!」 と迎える女将に、その男性はおずおずと言った。
「あのー......かけそば......1人前なのですが......よろしいでしょうか」
後ろでは、2人の子ども達が心配顔で見上げている。
「えっ......えぇどうぞ。どうぞこちらへ」
煖房に近い2番テーブルへ案内しながら、カウンターの奥に向かって、「かけ1丁!」 と声をかける。
それを受けた主人は、チラリと3人連れに目をやりながら、
「あいよっ! かけ1丁!」とこたえ、玉そば1個と、さらに半個を加えてゆでる。
玉そば1個で1人前の量である。
客と妻に悟られぬサービスで、大盛りの分量のそばがゆであがる。
テーブルに出された1杯のかけそばを囲んで、額を寄せあって食べている3人の話し声が
カウンターの中までかすかに届く。
「おいしいね」と兄。
「お父さんもお食べよ」と1本のそばをつまんで父親の口に持っていく弟。
やがて食べ終え、150円の代金を支払い、「ごちそうさまでした」と頭を下げて出ていく父子3人に、
「ありがとうございました!どうかよいお年を!」と声を合わせる主人と女将。