ピッ📺 (9)

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1 野に咲く名無し@転載禁止 (24c54cc7) 2024/07/09 (火) 02:50:06.973 ID:Ze5w4CLs8主

テレビの画面が消えると、音だけでなく娯楽の時間も終わったような気になった。
今日の休憩は終わり、寝る準備をしなくてはならない。静まり返った部屋で軽く息を吐きながら、今しがた消した画面を見つめた。
写る自分の姿はよく見知った自分の姿だ。暗くて分かりにくいが、きっと疲れた顔をしている。

こんな時写る自分の背後を確認するのは…良くない癖だろうか、ついつい暗い画面の中の自分の、その後ろの風景を見た。スマホでも覗くように。
白い壁、椅子、かけてある服、奥の部屋、なにもない。安心して目を外した。こんな心臓に悪い確認はもう、やめてしまいたかった。

昔から______なぜか私は、気になった暗がりを見つけるとそこをしきりに見つめ続ける変な癖があった。



夜のカーテンの隙間、押し入れの奥、クローゼットの端、そして…電源を落としたスマホ。色々な真っ黒な暗闇にしばしば心を奪われている。何が映るでもなく、自分を見るという訳でもないというのに、まるで探し物があるかのようにその洞穴を見つめ続けてしまうのだ。

コップに水を注ぎ、口を濯ぐ。
明るい鏡に映った自分は何の変哲もない様子で歯を磨き始めた。後ろに映る浴槽には暗くなった外が磨りガラスの窓越しに見えていた。
ここで壁に虫でも見つけようものなら、それがこの変なクセの原因にでもなるだろうに。実際にはそんなことも無く、動かない風景が写真のように存在し続ける。

〜♪
「…!」
急にメロディが鳴り響いた。よくある短い通知音は、メッセージアプリについてる初期設定の物だ。急ぐでもなく歯磨きを済ませてから、確認しに向かう。
思った通りスマホには返事が気になっていた知り合いからの返信があった。興味のままに開けば、相談したことに対して快い返事が乗せられていた。
お礼を伝えて一息つく。
良かった、悩みが一つ消えるという心地は体にも少しの開放感をもたらす。最近夜うまく眠れないので、相談に乗ってもらっていたのだ。

トイレも済ませて布団に潜り込むといつものアプリを開いた。デフォルメされた小さな生き物を育てる、いわゆるキャラクターとの交流や飼育を体験できるアプリだった。
画面にパッと浮かぶ爽やかな青空と広がる草原、ホーム画面にしてあるそこには色とりどりの丸い、小さな生き物がこちらを見つめる。
『おかえりなさい、おやすみのじかんですよ』
吹き出しのマークの中に現れた文字がまるでそのキャラクターが話しているかのように伝えてくれる。ログインさえ澄ませば今日はもう用事はなかった。寝ようか…今度こそ電源を落とし、再びクセでぼうっと暗くなった画面を凝視した。

あのキャラクター達の、あの、目。あの目の中の、黒い瞳孔。
黒い、黒い、光を弾く、目。


あれを見ていると不思議と暗闇を追いかける時と同じ、得も言われぬ焦燥感に襲われる。全く色以外似ていないはずなのに。

なるべく余計なことを考えないよう意識しながら眠りにつこうとする。段々と意識はぼんやりしてきたがそれでも、閉じた瞼の裏側を時折見つめながら暗闇の中を考えていた。


頭の中に、一つの大きな目玉が浮かぶ。そしてそれは眠りに落ちる私に吸い込まれるようにして消えていった。


次の日のこと、体に変化を覚えながら鏡の前に立つと何か違和感を感じた。よくわからない、いつもの癖のことでもないようだ、今日は家に検診が来るから、その間は家にいなくちゃいけない。病院にはそれが終わった後で行こう。

それでも日中活動していれば段々とそんな違和感は消え去り、また日が経った。
コーヒーを淹れると、その黒い液体の中に視線を落とす。奇妙なクセは相変わらずで、かといって何かが怖いということもなかった。
暇潰しに例のアプリを開く。丸い子達は口々に目を見て、見て、見て、見て、と話しかけてきた。
涙目だったり、怒っていたり、笑いそうになったりもしている。実に豊かな黒と白の目の数々。

食べたい、素直にそう思った。



部屋のドアが開く。
今日の検診が最後で、私はこれから最終テストへと向かうことになる予定らしい。

「どうだい?調子は」
白衣を着た人達が僕の姿を見る。
そして僕の顔を見ると満足そうに頷いた。
「行けそうだな」

部屋を出てゾロゾロと連れ出された先には、また人がいた。
「こんにちは、君には今日から大事な仕事についてもらうよ」
麦わら帽子を被ったその人は僕にそう挨拶すると、袋を僕に手渡した。

「これから連れて行く場所でこの薬をいつも通り飲む。そうすると自分のすべきことがわかるよ」




次に降り立った場所は、寂れた土の上だった。言われた通り一人になってから僕は袋を開けて薬を取り出す。【DK73K-no.8045】いつも何が書いてあるかわからないそれを。

ふと、これまでのことを思い出そうとして何も思い出せないことに気づいた。あの部屋にいるとなんだか思考が単純になって行くような、夢の様な心地がして、どうしてあそこにいたのか、もう今となっては分からない。

薬を飲み込む。
体が燃えるような暑さに襲われ、黄色く染まり、そして、膨らんだ。
それが私が私としてハッキリ認識できた最後の光景だった。


「被検体No.8045.無事、生体になったのを確認しました」
「よし、行こう。後は研究所で施してきた通り、彼は農奴を見つけ次第食らうだろう」


でかなさけだ!
誰かがそう呼ぶ。
青い空、緑の草原の上を丸くて、小さくて、黄色い、赤い、何かがかけていく。その内の誰かとビタリと目が合う。黒い、黒い、今にも泣きそうな、美味しそうな瞳。

今、食べるからね。

黄色い壁の様な生き物が、舌舐めずりした。